ある日、あなたの職場にあなたより仕事のできるライバルがやってきたら…
今、世界でAIやロボットの実用化が急速に進んでいます。2030年までに人間の仕事の3割がAIやロボットに置き換わるという予測もあります。
その時、働いて得た収入で豊かになるというこれまでの資本主義の仕組みが根本から変わります。AIやロボットを所有する一握りの人に富が集中する一方、多くの人々が仕事を失い賃金を得られなくなる不安が高まっています。
仕事がなくなる!? AIロボットvs.人間
近未来の世界に最も近いとされるのがラスベガス。レストランやホテルに続々とロボットが導入されているのです。
バーテンダーロボットは注文を受けると120本のボトルから必要な酒やジュースを選んでカクテルを作ります。デリバリーロボットは客から頼まれた小物をポーターに代わって客室まで届けます。
ひたひたと進むAIやロボットの導入。20年後にはラスベガスの仕事の65%がAIやロボットにとってかわられるという予測もあります。
2018年の夏、ラスベガスのサービス業で働く人々がデモにのりだしました。AIやロボットの導入によって自分たちの仕事が奪われないよう保障するよう会社側に要求しました。
こうした状況を今から90年前に予言していた人物がいます。ジョン・メイナード・ケインズです。ケインズは1930年に「孫の時代の経済的可能性」という論文を発表。その中でテクノロジーの急速な進歩によって生まれる失業を「技術的失業」と名付け、未来に警鐘を鳴らしました。今、そのケインズの予言がAIやロボットによって現実になろうとしているのです。
技術的失業の可能性は、サービス業だけでなく様々な分野で起き始めています。イチゴ収穫ロボットは、これまで人が手作業で行っていた苺の収穫を担うようになります。カメラがとらえた映像をもとに、AIがイチゴの色、大きさ、形から熟し具合を瞬時に判別。熟した苺を見つけると小さなロボットハンドで傷つけないよう巧みに収穫していきます。このロボットが普及すると1台あたり30人分の雇用が置き換わる計算です。
イギリスの生活用品を扱うネット通販の会社では、無人のフロアで700台を超えるAIロボットが商品の管理を行っています。5万点に及ぶ商品は全てAIが売れ筋を予測し発注したもの。注文が入るとAIロボットがただちに商品を準備します。その膨大な注文データをもとに次に仕入れる商品を自ら決めます。
ロボットが走り回る下のフロアでは10人程の人が働いています。ロボットが準備した商品を画面の指示に従って袋につめていきます。この会社では人間に残された袋詰めの作業もロボットに任せる準備を進めています。
AIやロボットによる自動化が最も進んでいくのはどの国なのか?アメリカの調査会社によれば、対象の46の国のうち、最も仕事に影響を受けるのは日本だと言います。2030年までに最大で52%の作業が自動化される可能性があると言います。
職業別 代替可能確率
レジ係(99.7%)
路線バス運転者(99.7%)
一般事務員(99.7%)
銀行窓口係(99.4%)
倉庫作業員(99.4%)
スーパー店員(99.2%)
ホテル客室係(98.7%)
宅配便配達員(98.6%)
警備員(97.8%)
機械組立工(94.4%)
プログラマー(94.2%)
税務職員(94%)
行政書士(93.1%)
税理士(92.5%)
機械修理工(91.6%)
公認会計士(85.9%)
不動産鑑定士(84%)
司法書士(78%)
証券外務員(69.6%)
ディーラー(68.4%)
翻訳者(67.1%)
様々な仕事がAIやロボットに置き換わる新たな資本主義。富のほとんどが資本家に集中する一方、多くの労働者は仕事を失い富を得られなくなる可能性があります。
AIロボットにできない仕事とは
こうした中、ロボットやAIにできない仕事を見つけようという模索が各地で始まっています。
金融機関に勤める福井智美さん(28歳)は会社を休んで資格取得のためのセミナーにかけつけました。そのきっかけとなったのは、大手金融グループ(みずほ)がAIなどを使って業務を効率化し、1万9000人を削減すると発表したニュースでした。さらに、他の大手グループもAIなどを使った大規模な業務の削減を発表。将来の雇用への不安が一気につのりました。
そこで思い立ったのが中小企業診断士の国家資格を取ることでした。中小企業経営者の悩みによりそいながら会社の将来を一緒に考えるコンサルティングの仕事。AIにとってかわられにくいのではと考えました。そのために結婚資金として貯めていた300万円をとりくずし、資格取得のための学費につぎ込むことを決めました。
ドイツでも新たな時代に合わせた模索が始まっています。これまでドイツは国策としてAIやロボットを軸にした最先端のモノづくりを勧めてきました。その一つがスマートファクトリーです。AIが人の手を借りずに受注、製造、品質管理まで行います。
しかし、これによって労働者が仕事を失う可能性があります。ドイツはその対策を進めようとしています。新しい仕事の能力を身に着ける再訓練です。訓練の要はAIやロボットに奪われにくい仕事を体験することです。
資本主義250年 テクノロジーと人間の歴史
近代資本主義の誕生から250年。テクノロジーの進化は経済や社会を大きく変えてきました。史上初めて人間の雇用を脅かしたテクノロジーが蒸気機関です。200年前に作られた蒸気機関は1台で労働者1000人分の仕事をこなすことができたと言います。
蒸気機関による第一次産業革命は、手作業が中心だった繊維業などで大量の失業者を生み出しました。19世紀初めには労働者による機械打ちこわし運動がイギリス各地で過熱。しかし、一方で新たなテクノロジーは鉄道や製鉄などの近代工業を誕生させ、より多くの雇用をもたらしました。
20世紀初頭には石油や電気を使った第二次産業革命が起きました。T型フォード発売をきっかけに、アメリカでは馬の数は最盛期の10分の1まで激減。御者など馬に関わる仕事が消えていきました。一方で新たに生まれた自動車産業が失業者を吸収し、労働者の賃金も上昇しました。
1940年代、コンピューターやトランジスタの発明を機に始まった第三次産業革命でも同じことが起きました。花形だったタイピストや電話交換手などが失業へと追いやられる一方、エレクトロニクス産業が勃興。経済は益々成長し、生産性も賃金も右肩上がりに増えていきました。
しかし、そのセオリーに狂いが生じます。インターネットが普及した2000年前後から生産性が向上しているのに賃金が伸び悩むという現象が起きたのです。
そして、進化したAIやロボットが巻き起こす第四次産業革命。雇用が増えず、賃金も伸びないという事態が起き、資本主義が根底から揺さぶられる可能性が指摘されています。そうなればAIやロボットを所有する人に富が集中し、巨大な格差が生まれることになります。
新たな資本主義のカタチとは
資本家に富が集中する中、どうすれば多くの人にお金が行き渡るのか。新たな資本主義の形を模索する動きが始まっています。その一つがベーシックインカムと呼ばれる仕組みです。生活保護とは違い、収入の有無に関わらず国や自治体が住民全員にお金を配ります。
カナダのオンタリオ州で2017年10月、ベーシックインカムの実証実験が行われました。ハミルトンは人口75万人、16~64歳までの住人の中から1000人が実験に選ばれました。
州政府は毎月10万円程を3年に渡って給付します。仕事の収入を前提としない新たな資本主義は実現できるのか、それを検証することが目的の一つでした。
ベーシックインカム受給者のジェームズ・コルーラさん。独身のジェームズさんは、900カナダドル(約8万円)を受け取っています。ジェームズさんは元銀行員です。地元の大学を卒業した後、銀行の窓口で働いていました。しかし、AIなどテクノロジーの導入で人員削減が進み、ジェームズさんもその流れからは逃れられないと覚悟していました。
ベーシックインカムで生活の不安がなくなったジェームズさん。銀行を追われる前に辞める決断をし、以前から憧れていたことを始めました。企業のロゴなどを考えるグラフィックデザインです。銀行を辞めて失った年収は約160万円。デザインの収入はまだほとんどありません。しかし、ベーシックインカムが年間100万円程入ります。贅沢はできませんが、好きなことして生きていける今の暮らしに満足していると言います。
一方で、ベーシックインカムは新たな資本主義の形としてふさわしいのか疑問の声もあります。働かずに収入を得られることで怠惰になる人が続出するのではないか、さらに財源の確保は大きな論点となっています。
2018年の夏、選挙に買った新たな政権が実験の中止を発表しました。ジェームズさんたち参加者は中止の撤回を求めています。
100年後の未来に向け技術的失業への警鐘をならしたケインズは同じ論文でこうも書き残しています。
技術的失業は一時的な現象にすぎず、長い目で見れば人類は自らの経済的な問題を解決していくだろう。
21世紀を生きる私たちはケインズの期待に応えることができるのでしょうか?
「NHKスペシャル」
マネーワールド ―資本主義の未来―
第2集「仕事がなくなる!?」
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