人類が生んだ現金は取引を効率化させ貿易が世界に拡大。経済を成長させてきました。その現金が今、急速に姿を消し始めています。スマホ決済やICチップ、虹彩認証など、現金をなくそうとしている国まで登場しています。世界から現金が消え始めたのは単に便利だからだけではありません。資本主義の転換が関わっているというのです。
これまで、世の中にお金が沢山出回ればモノを買う人も増え企業も利益がでて経済が成長すると信じられてきました。ところが、世界がお金の量をいくら増やしても効果が得られなくなっていると言います。
増やしたお金はどこに行ったのか?
増やしたお金の行き先の最たるものが企業や個人。お金が貯めこまれ使われなくなっているのです。
日本人のタンス預金 47兆円
日本企業の内部留保 446兆円
(第一生命経済研究所 調べ)
増やしたお金の悪影響とは?
いくら量を増やしてもお金は年々動かなくなっています。それどころか、お金を増やしてきたことで思わぬ悪影響が出ていると指摘するのがハーバード大学教授のケネス・ロゴフさんです。
地下経済とは犯罪や汚職、不法移民への支払いなど税金が支払われない非合法な経済活動全体をさします。そこに表の経済を活性化するために増やし続けてきた現金が流れ込んでいるというのです。
その象徴のような事件がメキシコで起きました。覚せい剤の密売人の豪邸で驚くべき量の現金が押収されたのです。日本円で220億円以上にのぼりました。アメリカの地下経済の規模はGDPの7%の143兆円。ドイツの国家予算を上回る額に達しています。
お金を増やしすぎて「信用」が低下!?
さらに、お金を増やしすぎることでもう一つ重大な問題が世界で相次ぐようになりました。お金の信用が低下し、逆に経済を破綻へと追い込む現象です。
その危機に瀕しているのがベネズエラ。貧困率は87%に達し、餓死者まで出始めていると言います。治安が急速に悪化し、殺人などの凶悪犯罪の発生数は世界で最も高い国の一つになりました。
原因は国が発行する法定通貨ボリバルの急落。物価が高騰し、年間1,000,000%に達するハイパーインフレーションに陥っています。コーラ1本は400万ボリバル。購入するには山盛りの紙幣が必要となる異常事態です。なぜこんなことになったのでしょうか?
世界有数の埋蔵量を誇る原油が国の収入を支えていたベネズエラ。しかし、原油価格が下落。アメリカの制裁もあり経済危機に陥りました。減った収入を補うためお金の量をどんどん増やしたのです。お金の信用が失われ価値が急落。モノを買うには大量のお金が必要となりました。
紙幣の印刷量が追い付かず国中で現金が不足。現金取引が崩壊し始まったのが物々交換です。人々は食料と食料を交換し窮地をしのいでいます。
現金をなくせば経済が回る!?
スウェーデンでは現金を使うのをやめる試みが行われています。多くの店で「現金お断り」となり、流通量の割合はGDP比1.3%まで激減しています。
代わって広がるのがスマホ決済。「Swish(スウィッシュ)」と呼ばれるアプリで暮らしが成り立っています。レストランでの食事、街での買い物、路上パフォーマンスのおひねり、教会の寄付までスマホで支払います。これにより経済が以前より活性化。GDPは5年で24%増加しています。一体なぜなのでしょうか?
さらに、お金を使うハードルを極限まで下げようという技術も登場しています。体内に埋め込むICチップです。スマホを出してアプリを開かなくても手をかざすだけで支払いが可能に。取引のスピードがスマホより50%近く向上すると言います。
こうしたキャッシュレス化は犯罪にも有効だと言います。現金がデータに代われば盗むのは難しくなり、銀行強盗も激減しています。
誰もがお金を使う!?究極の試みとは
ドイツでも個人や企業にお金をどんどん使ってもらうための斬新なアイディアが注目を集めています。それは、かつて提唱された経済理論がヒントになっています。
約90年前、世界恐慌の影響で不況に陥っていた時代。人々はお金を使わなくなり経済が停滞する悪循環が起きていました。こうした状況の打開策として経済学者シルビオ・ゲゼルが提唱したのが「スタンプ紙幣」でした。
スタンプ紙幣とは、お金に使用期限をつけるというものです。期限が来ると国など発行者から新たにスタンプを買って貼って使わなければそのお金は無効になってしまいます。人々はお金を貯めていても損をするので、期限がくるまでに積極的に使おうとすると言うのです。
当時、手続きの煩雑さなどから世界に普及することはなかったこのアイディア。今、最新のテクノロジーで蘇ろうとしています。
ドイツ南部のトラウンシュタイン、買い物で使われるのが地域通貨キームガウアーのカードです。4000人が利用しています。利用者はユーロと1対1で両替し、専用の口座にデータとして入金。使わなければ年間で6%目減りしていきます。
でも、なぜ利用者は目減りするようなお金をわざわざ使うのでしょうか?実は、両替した額の3%が加算され利用者はその全額を好きな団体や施設に寄付することができます。そのため、社会貢献に繋がると賛同する人が増えています。受け取った店や企業も期限までに使おうとするため、結果としてお金の循環が広がっているのです。
世界経済を支える新たな「信用」とは
お金にとって欠かせない信用。かつてそれを支えたのは金でした。金という物質には限界があり、地球上に存在する全てを一か所に集めると一辺が21メートルのサイコロ分しかないとされています。つまり、その希少性が「信用」となり金と交換できる兌換紙幣が世界経済を支えました。いわゆる金本位制です。
しかし、経済規模が拡大するにつれ国は無限に印刷することができる不換紙幣に切り替え、信用は国家が支えていくことになりました。
そして、全く新たな信用を生み出そうという模索が始まっています。かつて、金の採掘で栄えたスイスのゴンド村。鉱山が廃れた今、村に設置されているのは膨大な数のコンピューターです。24時間365日稼働し、生み出しているのは仮想通貨です。
仮想通貨とはネット上でやり取りされるデジタル通貨。仮想通貨は世界各地で巨額の盗難事件が相次いでいて不安だという人もいるかもしれません。しかし、その信用の元となる発想は非常に画期的なものです。
現在のお金は各国の中央銀行が管理しています。景気の状況を見ながら量を調整するため、政策によっては信用は大きく揺らぎます。対して仮想通貨は中央銀行のような管理者がおらず、発行量はプログラムによってあらかじめ決められ勝手に増やせないルールになっています。
国境の概念のない独自の通貨のため大企業の倒産や金融危機、為替、貿易摩擦などに価値が左右されることもないと言います。さらに、取引記録はネット上の利用者全員が共有し一部で不正があっても他の無数のパソコンで正しい記録が保たれます。信用をテクノロジーが支える仕組みです。
最新のお金!?「時間通貨」とは
お金をまわすだけで幸せや豊かさが得られるわけではない。そんな考えから生み出された新たな通貨があります。「時間通貨」です。
時間通貨はこれまでの通貨とは全く異なる経済のあり方を目指しています。誰でも平等に持っている時間を通貨に見立てているのが最大の特徴です。
例えば、英語教室に通う金銭的な余裕もなく子育てで家も空けられない主婦がいたとします。得意の手芸を教えて1時間のタイムコインを得て、家にいながらアメリカの人から英会話を習うことも可能です。また、ある国の大企業の社長が海外の若者の考えを知りたいと思った時、タイムコインを使って1時間直接話を聞くこともできます。
通常では繋がりえない相手との交流や、お金でははかれない体験が国境や立場を超えて可能となる、それが時間通貨の目指す新たな経済圏なのです。時間通貨の利用者は拡大を続け、110カ国3万人以上が利用するまでになっています。
到来するマネー新時代とは
「NHKスペシャル」
マネーワールド ―資本主義の未来―
第1集「お金が消える!?」
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