藍とも子 娘を捨て逃亡…28年後の奇跡|爆報!THEフライデー

TBSテレビの「爆報!THEフライデー(ばくほうザフライデー)」で藍とも子さんについて放送されました。俳優・峰岸徹(みねぎしとおる)さんは2008年に肺がんのため亡くなった昭和の名優です。そんな峰岸徹さんの元妻は女優の藍とも子(あいともこ)さん。藍とも子さんは1975年、ゴジラ第15弾「メカゴジラの逆襲」でサイボーグ少女・真船桂を熱演。大ブレイクを果たしました。そして1976年に峰岸徹さんと結婚し、翌年には女の子を出産。誰もがうらやむ美男美女夫婦でした。しかし結婚から6年で離婚。藍とも子さんはマスコミに何も語ることなく芸能界から姿を消しました。

 

藍とも子さんと峰岸徹さんは1975年の「プレイガールQ」で共演し出会いました。盛り上がった二人はお互いをよく知らないまま交際半年でスピード結婚。翌年には女の子を出産しました。このとき峰岸徹さんはデビューして13年、映画やドラマなど40本を経験済みのベテラン俳優。一方、藍とも子さんは期待の新人女優でした。この2人の関係が結婚生活にも大きな影響を及ぼすことに。結婚後も女優業を続けるつもりだった藍とも子さんにドラマの仕事が舞い込んできました。ところが峰岸徹は「俳優は自分を安売りしてはいけない」と脇役で出演することに反対してきました。また藍とも子さんにCM出演依頼がきましたが、「そんなのは女優の仕事じゃない」と反対されてしまいました。以来、夫婦の会話も少なくなったと言います。

 

そして結婚6年目、藍とも子さんは現金数万円だけを持って家を出ました。2人は一切会うことなく書面のやり取りだけで離婚が成立。4歳だった娘は峰岸徹さんが引き取ることになりました。

 

家を飛び出した後すぐに女優業を再開した藍とも子さんでしたが、すでに旬を過ぎていた彼女に来た仕事はセクシー映画。それでも仕事とわりきり引き受けた結果、その後のオファーは裸の仕事ばかりに。そして、わずか数年で仕事はゼロになってしまいました。一人になった藍とも子さんに残ったのは娘を捨てたという罪悪感だけでした。

 

2010年9月、藍とも子さんを娘が訪ねてきました。娘は32歳になり、赤ちゃんを抱いた母になっていました。実はこの2年前の2008年10月、峰岸徹さんは肺がんのため亡くなっていました。彼は病床で娘に「会いたかったら会っても良いぞ」と遺言を残していたのです。




コメント

  1. 子供は捨てられてもその親に会いたいと思うんだなぁ~私なら絶対逢わないな~

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