神の数式 完全版 第3回「宇宙はなぜ始まったのか ~残された最後の難問~」

「宇宙はなぜ始まったのか」

気が遠くなる難問ですが、その答えに近づいていると言います。謎を解くカギは巨大な重力で全てを飲み込むブラックホール。光さえ届かないその奥底が宇宙誕生の瞬間と数学的に同じだと証明されたのです。

 

ブラックホールの奥底を数式で書き表すことなんてできるのでしょうか?そこで登場するのが2つの偉大な数式。その一つが「標準理論」です。物質の最小単位である素粒子のミクロの世界を完璧に表した数式です。もう一つは広大な宇宙を支配する重力の数式「一般相対性理論」です。この2つを一つに束ねる数式があれば、ブラックホールのの謎を解き宇宙の秘密に迫れるのではないか。世界中の天才たちがその数式を追い求めているのです。

 

しかし、その道のりは困難の連続でした。2つの数式を合わせようとすると物理学者たちの常識を超えた世界が次々に現れたのです。

 

超弦理論

ジョン・シュワルツは、神の数式に最も近づいたとされる人物の一人です。シュワルツが生み出した新たな数式は「超弦理論(ちょうげんりろん)」と言います。これまでの常識では、ミクロの点だとされてきた素粒子が震える弦のような存在だというのです。

 

この世界の全てを数式で表すことができれば、これほどの喜びはありません。もちろん長い時間がかかるでしょう。でも、この数式こそが正しい道だと思います。いつかきっとたどり着くはずだと私は信じています。

(カリフォルニア工科大学ジョン・シュワルツ)

 

137億年前、ビッグバンと呼ばれる爆発で生まれ、今も膨張している宇宙。137億年前のその瞬間を説明する数式こそがジョン・シュワルツが追い求めるものです。

 

その謎を解くカギとされているのがブラックホール。ブラックホールとは巨大な星が爆発した後の最後の姿です。大爆発した後、自らの重さで1点につぶれ、そこに巨大な重力が発生します。ブラックホールは周囲にあるものを手当たり次第に飲み込み、光さえも出てこれません。ブラックホールの奥底では全ての物質が原子のレベルに砕かれミクロの一点に凝縮していると考えられています。

 

一体なぜ、ブラックホールの奥底が宇宙誕生の秘密につながるのでしょうか?ブラックホールをめぐる物理学者の闘いは100年前、一人の天才から始まりました。

 

一般相対性理論

20世紀が生んだ物理学の巨人アルバート・アインシュタイン。その名を歴史に刻んだ数式が一般相対性理論でした。コンピューターもない時代にビッグバンやブラックホールの存在を予言したのです。

 

一般相対性理論はそれまでの時間や空間の常識を覆した理論でした。一般相対性理論は、重さやエネルギーがあると空間がゆがむというシンプルな式です。

 

アインシュタインの理論では、星の重さによって周りの時空が歪み、その歪みにそって他の星が動いています。その時空の歪みは、星が小さくて重いほど角度が急になり強い力が働くのです。

 

とてつもなく小さく重い星があったらどうでしょう?空間はミクロの一点に向かって無限に沈みこんでいきます。これこそが、一般相対性理論によって予言されたブラックホールです。

 

その予言は的中。ブラックホールは科学的に証明されました。ブラックホールはこの宇宙に少なくとも数百万個が存在すると言うのです。そして、このブラックホールの奥底と数学的に全く同じだとされているのがビッグバンの瞬間。全てが一点に凝縮された宇宙の始まりです。

 

これまで手にした数式で明らかになったのは、ビッグバンから10の-43乗秒経った後からの世界です。つまり、137億年前の宇宙誕生の瞬間だけが最後に残された謎なのです。もし、ブラックホールの奥底を数式があれば、宇宙誕生の謎を解くことができるはずです。

 

アインシュタイン自身もその数式を探し求めました。しかし、その夢は叶うことはありませんでした。

 

なぜアインシュタインは神の数式に辿り着けなかったのか?

一般相対性理論の落とし穴を初めて指摘したのがスティーブン・ホーキングです。ホーキングが注目したのはブラックホールでした。ブラックホールの奥底を一般相対性理論で計算するとあり得ない結果が出たのです。

 

奥底に近づくほど歪みは大きくなります。ところが、ブラックホールの奥底、つまり距離がゼロになると歪みは無限大になってしまいます。無限大は数式上、計算不能ということを意味します。一般相対性理論の数式でブラックホールの奥底に挑もうとしましたが、全く歯が立たなかったのです。一般相対性理論は神の数式ではなかったのです。

 

 

宇宙の全てを記した神の設計図に物理学者たちがたどり着くためには、ブラックホールの無限大の問題を解消しなくてはなりません。

 

そこで、物理学者たちに大胆な発想が生まれます。一般相対性理論に素粒子の数式を組み合わせてはどうかというものです。

 

一般相対性理論+素粒子の数式

一般相対性理論と素粒子の数式を合わせて神の数式を求めようとした物理学者が、マトベイ・ブロンスタイン。ブロンスタインはスターリンが行った知識人に対する大弾圧の犠牲となり31歳の若さで命を落としました。

 

ブロンスタインは貧しい家に生まれ独学で物理を勉強しました。一般相対性理論と素粒子の数式を19歳で完璧に理解していたと言います。

 

ブロンスタインが挑んだ2つの理論は、異なるルールで書かれたいわば全く別の言語でした。それを合わせるというのは常識を超えた挑戦でした。

 

ブラックホールの奥底を計算するには膨大な作業が必要でした。ブロンスタインは、手始めにある計算を試すことにしました。それは身の回りのミクロの空間で2つの数式がうまく融合するかということ。ブロンスタインは、空間を素粒子よりもはるかに小さい超ミクロのサイズに区切って、そこに働く重力を計算しました。

 

すると、分母にゼロが表れてしまいました。計算不能を表す無限大です。ブロンスタインは計算の精度を高めようとさらにミクロの空間で計算し直しました。ところが、無限大はなくなるどころか逆に増えてしまいました。最終的には無限大は無限大個発生しました。

 

ブロンスタインは、ありとあらゆる計算手法を駆使して無限大の問題を解消しようとしましたが、まるで歯がたちませんでした。

 

ブロンスタインは精神的に追い詰められていきました。ちょうどその頃、ソビエト社会に暗い影が忍び寄っていました。スターリンの登場です。

 

1937年7月、ブロンスタインはソ連の秘密警察に逮捕され、すぐに銃殺され森に埋められました。政府によってブロンスタインの著書や論文は全て燃やされました。国家への反逆者としてその名前を口に出すことすらはばかられるようになったのです。

 

 

超弦理論

無限大の問題が大きな転機を迎えたのは1974年。無限大の謎を解く数式を見つけたとうたった論文が登場したのです。論文を書いたのはジョン・シュワルツとジョエル・シャークです。

 

ジョン・シュワルツとジョエル・シャークは、誰も見向きもしなかった時代遅れの分野「弦理論」を研究していました。例えば物質の最小単位である素粒子。弦理論では粒子は点ではなく様々な形をした震える弦のようなものだと言うのです。

 

もともとこのアイディアは、南部陽一郎が素粒子を研究している時に見つけたものでした。しかし、当時の実験結果と合わなかったためほとんどの物理学者は研究をやめていました。

 

当時の研究は見捨てられた分野でした。仕事は全く評価されず職を恵んでもらっているようなものでした。担当教授は私のことを絶滅危惧種だと言っていた程です。

(ジョン・シュワルツ)

 

無限大の問題は一般相対性理論と素粒子の数式を合わせて計算すると現れます。2人は計算の過程を詳細に辿るうちにあることに気づきました。ミクロの空間にある2つの素粒子の間には、重力を伝える粒子が複雑に飛び交っています。粒子は互いにぶつかって合体したり分裂したりしています。こうした粒子は計算上、大きさのない点として扱われていました。この点と点がぶつかる時に無限大が生まれていたのです。

 

誰も気づかなかった問題に私たちは気づいたのです。突き詰めればきっと数式が私たちを導いてくれる。

(ジョン・シュワルツ)

 

そこで2人は、粒子がもし点でなかったらと考えました。弦理論では粒子を点ではなく輪ゴムのような形の弦だと考えていました。輪ゴムのような形だとすれば広がりがあります。粒子同士がぶつかっても輪の大きさ以下にはつぶれないのです。つまり、粒子が輪ゴムのような形であれば距離rは0にはならず無限大は出ないのです。

 

ジョン・シュワルツとジョエル・シャークは数式の中の粒子を点として扱っていた部分を思い切って全て捨て去りました。そして、その中身を弦理論の数式に置き換えて計算してみました。すると、半世紀近く物理学者たちを悩ませていた無限大の問題が次々と消え去ったのです。

 

とても興奮しました。それは誰もなしえなかったことだったからです。私たちは全力でこの研究に取り組むべきだと感じ夢中になったのです。

(ジョン・シュワルツ)

 

2人は「超弦理論」と名付けました。無限大の問題を解消した新たな超弦理論。物理学者たちはこの新たな数式を手に再び遥かな頂きを目指し始めました。

 

 

 

神の数式 完全版
第3回 宇宙はなぜ始まったのか
~残された最後の難問~

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