1974年、超弦理論を提唱したジョン・シュワルツとジョエル・シャークは、窮地に立たされていました。無限大の謎を解いた超弦理論でしたが、物理学者の主流派には全く見向きもされなかったのです。
当時、超弦理論が信頼されなかったのは一般相対性理論と素粒子の数式とはかけ離れて見えたからです。さらに、超弦理論の数式には現実と大きく食い違う部分があったのです。
重力を伝える粒子の重さは実験で0と決まっています。ところが、超弦理論で計算すると0にはならなかったのです。
現実の世界は縦、横、高さの3次元に時間を加えた4次元の世界だというのがこれまでの常識です。4次元世界で超弦理論を使って粒子の重さを計算してみると0にはなりません。次元の数が10の時だけ粒子の重さは0になります。つまり、この世界が10次元だとすれば重力を伝える粒子の重さに矛盾が生じないのです。
多くの物理学者たちも耳を疑いました。超弦理論の方が間違っているはずだと。
失意の中、ジョエル・シャークは重い糖尿病を患い故郷フランスへ戻ることになりました。研究者たちは次々に去っていきましたが、シャークは異次元にこだわり続け、異次元の研究に没頭していきました。次第に仏教の世界に傾倒し、瞑想にふけるようになっていきました。そして34歳の時、糖尿病の治療薬を大量に注射して亡くなりました。異次元の謎は解くことができませんでした。
シャークの意志を継いでシュワルツは一人研究を続けました。そうした中、物理学の世界では劇的な変化が起きていました。シュワルツとシャークがあれほど説明に苦しんだ異次元の存在が次第に認められるようになってきたのです。そして今では、物理学者にとっては異次元の存在は当たり前なのだとか。
物理学者が考える異次元
原子の1兆分の1のそのまた1兆分の1、超ミクロの世界。カラビヤウ多様体という空間の一部。異次元は超ミクロの世界に潜んでいるため私たちの目では見ることができないのです。
そもそもこの世が4次元でなければならないという数式も実は存在しないのです。当初は異次元の存在に否定的だった多くの物理学者も、こうして異次元を受け入れるようになっていったのです。
そして今、異次元の存在を検証するための大規模な実験も始まっています。
超弦理論 もう一つの難題
異次元の問題をクリアした超弦理論ですが、もう一つの難題が残されていました。一般相対性理論と素粒子の数式、本当にその2つの数式は含まれていないのかです。
ケンブリッジ大学ルーカス教授のマイケル・グリーンも研究に加わりました。シュワルツとグリーンは超弦理論が神の数式にふさわしいかどうかの検証に取り掛かりました。
超弦理論の数式を細かく分解しました。複雑な計算をすすめると、全く無関係に見えた一般相対性理論と素粒子の数式が導かれかれ始めました。そして数式に矛盾が生じていないか最後の計算をしている時、496という数字が数式に次々表れました。
496は、完全数の一つで古代ギリシャ時代、天地創造と関係があるとしてあがめられていた数字です。その数が一斉に表れたということは、数式の中で広大な宇宙とミクロの世界が美しく調和しているということを意味していたのです。
そして、496という数字が現れたと同時に超弦理論から一般相対性理論と素粒子の数式が矛盾なく導き出されました。かつては2つを合わせて計算すると無限大を生み出していた一般相対性理論と素粒子の数式。その2つが超弦理論の数式の中に美しく調和しながらおさまっていたのです。それは、まるで宇宙の全てを説明しうる数式のようにも見えました。
シュワルツとグリーンの計算の結果は、瞬く間に世界中に伝わりました。そして、世界中の物理学者たちが雪崩をうって超弦理論の研究を始めました。超弦理論は物理学の最前線に躍り出たのです。
新たな難問「ホーキング・パラドックス」
きっかけはブラックホールがわずかにエネルギーを放出し、やがては蒸発してしまうという不思議な現象を発見したことでした。ブラックホールが蒸発するということは、その奥底で何らかの熱が発生しているはずです。
実は、熱というのは小さな粒子の運動によって生まれています。しかし、ブラックホールの奥底は極限まで凝縮されたミクロの一点です。そこでは、何一つ身動きがとれないはずです。素粒子さえ全く動けないのに一体どうやって熱が発生するのか?というのが、スティーブン・ホーキングの問いかけでした。
ブラックホールの奥底ではミクロの世界を完璧に表すはずの素粒子の数式は役に立ちません。だから、そのミクロの数式を含む超弦理論も使えないというのです。
「ホーキング・パラドックス」と呼ばれた問題提起は大きな反響を呼びました。そして、神の数式ではないかと期待された超弦理論もその謎を解くことはできなかったのです。
進化した超弦理論
ジョセフ・ポルチンスキーは、計算ができるよう超弦理論をさらに進化させることにしました。そして、超弦理論の最小単位である弦の性質を一から見直すことにしたのです。
ポルチンスキーはコインランドリーで一つのアイディアを思いつきました。
弦が集まると結合し、重要な性質を持つものになります。Dブレーン(膜)と呼ばれるものです。
数式から導き出されたのは、弦が一つ一つではなく膨大な数が集まって膜のように動いている現象でした。この膜こそがブラックホールの奥底で熱を生み出しているというのです。
10次元の世界では膜は広がって見えますが、4次元世界ではこれが小さく折りたたまって1点に見えるというのです。そして、ブラックホールの奥底にはこの膜が大量に存在すると数式は示しました。
超弦理論に膜という要素を加えて計算すれば、ブラックホールの謎の熱も計算できるのではないか…
ポルチンスキーの発見をうけて、世界中でブラックホールの謎の熱について計算が行われました。そして膜の発見から2カ月後、ハーバード大学のカムラン・バファとその同僚が証明に成功しました。
バファはブラックホールの謎の熱を計算するにあたり、まず奥底がどのような形になっているかを考えました。動かないと考えられていた粒子、実際にはブラックホールの奥底にも異次元が存在すると考えました。膜は異次元に絡みつき、膜の中の弦そのものも動き回ります。それが熱を生み出す正体だというのです。
バファはこの異次元における膜によって、どれくらいの熱が発生するか計算しました。すると、その数式はホーキングが示した謎の熱の数式と完全に一致したのです。
ブラックホールの謎の熱を解く数式は存在しないと主張していたホーキングは、2004年に自らの誤りを認めました。
理論物理学者たちが頭脳だけで辿り着いた新たな数式。その内容を実験や観測で確かめる動きが世界中で広がっています。
M理論
今、超弦理論をさらに進化させた最新の数式の姿も浮かび上がっています。先頭に立つのはプリンストン高等研究所のエドワード・ウィッテン。提唱するのはM理論。今、最も神の数式に近いとされる数式です。その理論のもとになったのはシャークの異次元の研究でした。
今、世界中の理論物理学者たちはM理論が突きつける新たな難問に挑んでいます。M理論が描くのは11次元の世界。しかも、10の500乗個という想像を超える宇宙が今も生まれ消えているというのです。
「私たちの宇宙はなぜ生まれたのか、そしてなぜ今も存在しているのか」宇宙の神秘をひもとく神の数式。それは、人類のあくなき探求の証なのです。
「神の数式」 完全版
第4回 異次元宇宙は存在するか
~超弦理論 革命~
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