今、子供たちに見えない貧困が広がっています。子供の6人に1人が相対的貧困におかれています。しかし、子供たちが具体的にどのような困難に直面しているのかほとんど分かっていませんでした。
今、各地の自治体では貧困状態にある家庭の中の細かい状況まで聞き取る調査を始めています。調査からは子供が当たり前に持っているはずの物、人とのつながり、教育の機会などが奪われていることが分かりました。
相対的貧困の家庭の年収
一人世帯の場合は年収122万円、両親と子供2人の家庭の場合は年収244万円未満(月収約20万円)になります。
大規模調査 見えてきた実態
2017年1月、大阪で実態調査の中間報告が行われました。回答したのは全市町村の小中学生と保護者、約5万世帯。全国最大規模の調査です。世帯の手取り収入の中央値の半分未満、相対的貧困にあたる困窮度1の世帯は12.3%にのぼりました。
この調査では生活の実態を明らかにするために新たな指標が使われました。剥奪指標です。剥奪指標とは、経済状況が標準的な家庭と比べ貧困状態におかれた子供たちは何を奪われているのか調べたものです。約200の質問項目から剥奪状況を調査。見えない貧困の実態が初めて浮かび上がってきました。
「医療機関に受診させられなかった」という指標では標準的な世帯が0.6%なのに対し、困窮度1の家庭は7.7%でした。「子供に新しい服や靴を買えなかった」という指標では標準的な世帯が2.3%なのに対し、困窮度1の家庭は27.6%でした。
その一方で、「スマートフォン・タブレット機器がある」という指標では標準的な世帯が56.5%なのに対し、困窮度1の家庭は61.5%と標準的な家庭を上回っていました。
調査からはある傾向が浮かびあがりました。ゲーム機、自転車、テレビなど子供同士の付き合いやコミュニケーショに欠かせないものについては標準的な世帯と困窮度1の世帯でほとんど違いはありませんでした。
その一方で、子供の知識を深めるために必要な「本がない」という指標では標準的な世帯が16.8%に対し、困窮度1の家庭は29%でした。さらに、部活動で使う「運動用具がない」という指標では標準的な世帯が19.1%なのに対し、困窮度1の家庭は28.3%でした。
つながりの剥奪
小学5年生のなつみさん(仮名)は放課後同級生と遊ぶこともなくすぐに家に帰ります。朝早くから夜遅くまで働く母親に代わって家事をするためです。家族4人分の洗濯をしますが、なつみさんは小学校に入ってから新しい服を買ってもらったことはありません。
今回の調査では子供たちから奪われているのが物だけではないことが分かってきました。人とのつながりの剥奪です。
家族や人とのつながりは子供たちが社会で生きて行くために必要な土台です。「学校から帰っても家に親がいない」という指標では、標準的な世帯が37.7%なのに対し、困窮度1の家庭は50.1%でした。また「家族旅行ができなかった」という指標では標準的な世帯が7.8%なのに対し、困窮度1の家庭は46.2%でした。
なつみさんの母親が帰ってくるのは夜7時頃。それまで兄の小学6年生の大樹くん(仮名)と子供だけの時間が続きます。母親の真弓さん(仮名)は日中の仕事と宿直の仕事を掛け持ちして子供たちを育てています。真弓さんの収入は手当を入れて月に約20万円です。病気の母親への仕送りもしているため1日の食費を家族全員で1000円程におさえています。
外からは見えにくい物や人とのつながりの剥奪の中でも最も深刻なのが、子供の成長にとって不可欠な教育や経験の剥奪です。
困窮度1で学習塾や習い事に通わせることができない家庭は、それぞれ30%以上です。さらに「誕生日を祝えない」という指標では標準的な世帯が0.2%なのに対し、困窮度1の家庭は6.6%、「学校行事に参加できない」という指標では標準的な世帯が0.5%なのに対し、困窮度1の家庭は7.3%でした。子供にとってごく普通の経験も失われていることが分かってきました。
なつみさんたちも塾や習い事に通いたいと考えていますが、真弓さんは子供の将来について考える余裕はないと言います。大規模調査から見えてきたのは子供たちの未来が奪われかねない現実でした。
子どもの心にも及ぼす影響
大田区では区立小学校に通う全ての5年生とその保護者を対象に剥奪指標を用いた調査を実施し、約3500世帯から回答をえました。
- 海水浴に行く
- キャンプやバーベキューに行く
- 毎月おこづかいを渡す
- 習い事に通わせる
- 年に1回家族旅行に行く
- お年玉をあげる
- 子ども用のスポーツ用品・おもちゃがある
- 博物館・科学館・美術館に行く
- スポーツ観戦や劇場に行く
- 毎年新しい洋服・靴を買う
- 学習塾に通わせる
- クリスマスプレゼントをあげる
- 年齢にあった本がある
- 自宅で宿題をする場所がある
これら14項目を選び、経済的理由で3つ以上剥奪されている世帯を支援の対象としました。さらに、剥奪が子供の心にどのような影響を及ぼすかも詳しく調べました。区が支援が必要だとした世帯は21%にのぼりました。中には相対的貧困にはあたらない子供も含まれていました。
小学5年生の修くん(仮名)の両親はどちらも非正規の仕事をしています。14項目のうち「毎年新しい洋服・靴を買う」「毎月おこづかいを渡す」「年に1回家族旅行に行く」「自宅で宿題をする場所がある」の4つができないと回答しました。
物流倉庫で夜勤の仕事をしている夫は、腎臓の病気で入院を余儀なくされることもあります。そのため仕事ができず収入が夫婦合わせて20万円程度の月もあり、不安定な生活です。医療費がかさみ借金せざるおえない時もありました。国民健康保険の保険料も滞納しています。
子どもの心の調査からは、物や経験などの剥奪が子供から自己肯定感を失わせていることが明らかになりました。
「頑張れば報われると思うか?」という質問に対し、区が支援が必要だとした子供のうち23.7%が「そう思わない」と答えました(その他の子供は16.4%)。さらに「自分は価値がある人間だと思うか?」という質問には支援が必要だとした子供のうち46.8%が「そう思わない」と答えました(その他の子供は36.3%)
修くんは忙しい両親に遠慮して自分のしたいことや言いたいことを我慢することが多いと言います。
高校生アルバイト調査 家計を支える実態
千葉県内の16校が生徒のアルバイトの実態についてアンケート調査を行いました。アンケートからは高校生がアルバイトで家計を支えている実態が見えてきました。
アルバイトをしている人のうち週4日以上働いている人は半数近く、平日4時間以上働いている人も半数近くに及んでいます。
高校2年生の理恵さん(仮名)は学校では友達と明るく過ごし悩みがないように見えます。しかし、アンケートの自由記述欄には「働くことが多くて少ししんどいです」と書いていました。
高校入学と同時にアルバイトを始め、週4日、休日は1日8時間、平日は4時間働いています。シングルマザーの母親の収入は手当も含めて月に約18万円。理恵さんはそれには頼らず自分で生活費をまかなっています。アルバイト代は月に約7万円。生活費や通学費用、さらには進学のための積み立てにあてています。理恵さんの収入を合わせると世帯収入は25万円近くです。アルバイト代が家計の支えになっているのです。
調査で働く目的を聞いたところ、生活費のためと答えた人が51%、さらに進学費用のためが18%にのぼりました。理恵さんはファミリーレストランとコンビニのアルバイトを掛け持ちしています。
理恵さんは疲れがたまり、学校を休むことも増えました。アルバイトをしている生徒のうち、学校をやめたくなるほど悩んだことがあると回答した人は31%にのぼっています。
理恵さんの担任は、今回のアンケート調査を行うまで生徒たちの実情は分からなかったと言います。間もなく高校3年生になる理恵さんの一番の悩みが進路の選択です。理恵さんは専門学校や大学に進学したいとアルバイト代を貯めています。しかし、その貯金だけでは進学することはできないと言います。
進学のために 高校生に重い負担
今、2人に1人が奨学金を借りて大学に進学しています。奨学金の借り方や返済の仕方まで教える高校もあります。
高校3年生の真央さん(仮名)は英語の教師になるのが夢で、成績は学年トップクラスです。真央さんは両親と3人暮らし、高齢の父親は定年退職していますが、年金があるため相対的貧困にはあたりません。しかし、住宅ローンの返済などで余裕がありません。パート収入で家計をやりくりしている母親に負担はかけられないと思っています。進学費用は親に頼らず奨学金を借りることにしました。
しかし、入学金の78万円は奨学金の支給が始まる前に払わなくてはなりません。真央さんは教育ローンを借りるしかないと説明されました。
「NHKスペシャル」
見えない貧困 ~未来を奪われる子どもたち~
この記事のコメント
NHKスペシャルの中で、子供の貧困についての大田区が設けた指標について、少し違和感を覚えました。資本主義社会の中で暮らす私達にとって、生活の格差は避けられないものだということを前提に、貧富の差がある中で、親がまず自分たちの家族の中で何を大切に(優先順位など)して生きて行いるか、ということが問題ではないかと思えました。明日食べるためのものが無いというような貧困ではなく、外目にはまずまずの家や調度品が揃っていた家庭を取材していましたが、家族旅行に行けない、習い事に行かせられない、本を買ってあげられない、美術館などに行かない、などなど、それらが子供たちの成長に重要なことなのでしょうか? たとえそれ等の項目を満たしていなくても、親が休みの時にゆっくりと子供とのコミュニケーションができ、近くの公園や川などお金のかからない自然の中でいろんな発見をさせてやる方が、よほど子供にとって豊かな経験になるのではないかと思います。他の友達がみんなやっていることをしなからいじめにあうという考え方もおかしなことで、子供が親から十分に愛情を注がれて、何が大切かを身をもって感じていれば、友達がみんなしていることを自分がしていなくても卑屈にはならないと思います。社会全体がそんな指標を元に、子供の大切なものは何かということの判断基準にするということ自体が間違っているのではないでしょうか? もちろんこれは判断基準になる一つの指標だと言われればそうかもしれませんが、これをアンケートされ、この基準に満たされなかったら、ダメなんだという親の間違った思い込みにつながっていくことここそが、最も恐れることです。もっと社会全体で親子の絆について、また子育ての中で一番大切なものは何か、ということが気づいていけるような指標であってほしいと願います。とても残念な番組でした。