倒産寸前の十勝バスを救った奇跡|アンビリバボー

フジテレビの「奇跡体験アンビリバボー」で倒産寸前の十勝バスを救った奇跡について放送されました。北海道・帯広にあるバス会社「十勝バス」は3年前に快挙を起こしました。それは地方の路線バス会社が起こした全国初の奇跡でした。物語の主人公、十勝バス株式会社の社長・野村文吾(のむらぶんご)さんの誠実さとあきらめない心は老舗バス会社の常識を打ち破り、やがて誰もが忘れていた誇りと喜びをもたらすことになりました。

 

十勝バス創業家の長男として生まれた野村文吾さんは学生時代テニス部で活躍。一時はプロを目指すほどの腕前でした。その後、東京に本社を持つ大手ホテルチェーンに入社。広報としてキャリアを積んだ後、札幌に異動。エリートビジネスマンとして活躍し、結婚し子供にも恵まれ順風満帆な日々を送っていました。そんなある日、帯広でバス会社を経営する父が突然訪ねてきました。父は会社をたたむことにしたと言います。父が経営していた十勝バスは帯広市を中心に十勝全域に展開している路線バスで、市民の足として70年にわたって愛されてきました。しかしマイカーブームの到来と共に利用者は減り続け、利用者数は全盛期の3割近くにまで落ち込んでいました。とはいえ、これまで会社のことで父から相談を受けたことなど一度もありませんでした。二代目社長だった祖父の株は死後、すべて孫の文吾さんの名義になっていました。そのため筆頭株主である文吾さんの許可が必要だったのです。しかし、それは便宜上のことで父は子供のころから自分の力で自分の好きなことをやれと、長男である文吾さんに会社を継げと言ったことは一度もありませんでした。そのため野村文吾さんはバス会社の経営に関心を持ったことはありませんでした。バス会社がなくなっても野村文吾さんが困ることは何もありませんが、父がやってきたバス会社があったからこそ自分は幸せな日々を送れていると思い、このまま十勝バスの危機を見ないふりをすることはできませんでした。そして野村文吾さんは十勝バスへ入社することを決めました。

 

こうして34歳で十勝バスへ入社し、経営企画本部長として280人の従業員の陣頭指揮をとることになりました。その頃の十勝バスは補助金なしでは運営できない状況でした。しかし、その補助金も利用者が減り続ければ給付されなくなる可能性もありました。一刻も早く立て直さなければ倒産するギリギリの状況でした。そこで野村文吾さんは宣伝活動に力を入れることやサービス向上を提案。しかし従業員には受け入れられませんでした。当時、十勝バスでは利用者の減少を「自然減」と呼び、社員の誰もが客の減少は時代の流れ、何をしても乗客が増えることなどないと諦めていたのです。そのため立て直しを図ろうとする野村文吾さんと社員が対立するのも当然でした。

 

十勝バスに入社して2年目、野村文吾さんは帯広青年会議所に入会。先輩経営者たちとの交流をきっかけに会社を立て直すヒントを得たいと考えたからです。そんな野村文吾さんの相談にいつも付き合ってくれたのが東陽製袋株式会社の長原覚さんと株式会社笠原産業の笠原靖さんでした。毎晩深夜まで会社再建について話し合ったと言います。ある日、従業員の愚痴を言う野村文吾さんに対し2人は「お前が会社をダメにしている」「一緒に働いている人のことを愛せ」と諭しました。今まで精一杯やっているつもりで大切なことが見えていなかったと気づかせてくれました。翌日、野村文吾さんはすぐに行動に移しました。早朝、出勤する社員全員に挨拶し、暇を見つけては自分から歩み寄り社員との距離を縮める努力をしました。そして、彼らの意見に耳を傾け一人一人に直接自分の思いを語りました。その一方でわずかに残った会社の資産を売却するなど十勝バス存続のためにできることはすべて行いました。相変わらず赤字は続き厳しい経営状態でしたが、野村文吾さんの働きかけにより社員たちが少しずつ変わり始めていました。そんな頃、野村文吾さんは正式に社長に就任。まさにこれからと思っていた矢先、世界的な原油価格の高騰で燃料費が高騰。十勝バスはついに倒産寸前に追い込まれました。

 

そんな時、「営業を強化しよう」と従業員が言い出しました。それは10年前に野村文吾さんが提案し一蹴されたアイディアでした。野村文吾さんの気持ちが社員の気持ちを動かしたのです。そして社員たちは自主的に時刻表と路線図を各家庭に配る準備を始めました。これはかつてどこの路線バス会社もやったことのない日本初のアイディアでした。この営業に対し嫌な顔をする住人はおらず、逆にいろいろ質問されることの方が多かったと言います。営業をした停留所では少しではありますが乗客が増えました。これをきっかけに社員からは様々なアイディアが出るように。通勤や買い物をする利用者のために目的地別の路線図を作り、定期を利用する乗客には土日乗り放題のサービスを始めました。それらはみな利用者の立場から考えたもの。乗客にとって新しく魅力的なバスの利用法が生まれたのです。そして、十勝バスの乗客は自然と増加していきました。野村文吾さんが入社してから13年目の2011年、ついに十勝バスは増収に転じました。地方の路線バスの増収は全国初の快挙でした。さらに2014年2月、十勝バスの奮闘振りがミュージカルとなり地元・帯広で上映されました。

 

奇跡の復活をとげた十勝バスは昨年に続き今年度も増収。3年連続で補助金の割合は減少に向かっています。社員たちは今も慢心することなく営業のため寒い帯広の町を歩き続けています。




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