カニ食べ放題!巨大ダコの食生活
北海道知床半島の沿岸はミズダコの日本有数の生息地です。体の重いミズダコは長い距離を泳ぐのが苦手なため、海の底を這って進みます。
ミズダコが獲物を捕らえるのに欠かせないのが、腕の間に広がる膜です。傘のように見えることから傘膜(さんまく)と言います。ミズダコの傘膜は直径2mもの特大サイズ。カニにしてみれば突然巨大な風呂敷に包まれるようなもの。逃れようがありません。
傘膜の内側にはさらに恐ろしい武器が控えています。カニを捕まえるやいなや巨大な吸盤で動きを封じます。吸盤の真ん中には穴が開いていて、奥に空間があります。この空間を広げ、スポイトのように水を吸い込むことで強い吸着力を生み出します。しかも8本の腕についた吸盤は合計700個。吸盤にはさらなる驚きの仕掛けがあります。
数日ごとに全ての吸盤の皮が剥がれ落ちます。こうして傷やゴミを落とし、強い吸着力を保つのです。吸盤はカニを捕まえた後にも役立ちます。吸盤は人の手のように細かい動きも自由自在で、カニを食べた後には殻だけがキレイに残されます。
ミズダコの口は8本の腕の付け根にあり、カラストンビと呼ばれる硬いくちばしがあります。カニを捕まえるとまずカラストンビで噛みつき体の中に唾液を流し込みます。唾液には特殊な酵素が含まれていると考えられています。これがカニの身と殻を繋ぐ部分に作用してキレイに剥がれるのです。
ミズダコは食事の8割がカニというものさえいるほどカニが大好物です。
危険だらけの子ども時代
沢山食べて大きな大人になれば天敵の心配もまずありません。しかし、体の小さな子供のうちは事情が違います。
タコの仲間は普通は半年~1年で大人になります。しかし、ミズダコは3~4年もかかります。子どものうちは周囲のものに成りすましたり、岩の隙間に隠れたりして天敵をやりすごすのです。
子どもたちが最も恐れている天敵がトドです。トドは獰猛な海のハンターで、全長3m、体重は最大1トンにもなります。ミズダコの子どもはトドにとってまたとないご馳走です。
トドはミズダコを捕まえると海面に激しく打ち付けバラバラにして食べます。多くの子どもたちがトドに襲われ命を落とします。生き物たちが集う知床の海。豊かな海ならではの試練があるのです。
知床 カニづくしの海の秘密
ミズダコが巨大なカニを襲う姿は日本の沿岸では知床の辺りでしか見られません。それは独特な環境に秘密があります。
カニは低い水温を好むため本来主に深海に暮らしています。知床周辺の水温は日本の中で最も低くなっています。北からの冷たい海流などのため沿岸の浅い海でも大きなカニが好む低い水温が保たれているのです。
もう一つの秘密は知床半島特有の地形。水深2000mを超える深海が沿岸まで迫っています。深海はカニの子どもたちのゆりかごになっています。カニたちは食べ物を求めて浅い沿岸にも姿を現すのです。
子育て10ヶ月!母さんダコの宿命
初夏、ミズダコたちは恋の季節をむかえます。オス同士の戦いで決め手となるのは大きな体です。オスは精子の塊をメスに渡します。メスは巣穴の入り口に石を並べて敵が近づけないようにします。
ミズダコの卵の大きさは1mm程。200~300個ずつ房になっています。その数は最大で7万個にもなります。
ミズダコは卵が孵化するまでの時間が極端に長いことで知られています。日本でよくみられるマダコは1ヶ月程で孵化しますが、ミズダコは10ヶ月。孵化までの間、母親は食事もできません。巣穴から一歩も離れず卵を守り続けるのです。
これほど時間がかかるのは、水温が低く卵がなかなか成長しないからです。豊かな食べ物をもたらす知床の冷たい海。その恵みと引き換えに、お母さんは子育ての苦労を一身に引き受けているのです。
ミズダコのお腹の中には巨体にふさわしい大きな肝臓があります。お母さんはこの肝臓にたくわえた栄養のおかげで10ヶ月もの子育てを耐えることができるのです。子育てが終わるとお母さんの肝臓は5分の1の重さにまで減ってしまいます。
ミズダコはオスもメスも繁殖できるのは一生に一度きりで、その後寿命を迎えます。肝臓の栄養を使い果たした時がお母さんの寿命だと考えられています。お母さんは、その大きな体をただひたすらわが子のために役立てるのです。
5月、知床は遅い春を迎えます。お母さんは最後の力を振り絞り、卵に水をふきかけ孵化を促します。赤ちゃんの大きさは1cm程。子どもたちの旅立ちを見守ると、お母さんは静かに海へ帰っていきます。
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