野生ヒョウのマナナ ~絆を深めた17年間~|地球ドラマチック

野生のヒョウは、アフリカで最も近寄ることが難しい動物の一つです。低い木々が茂るアフリカのサバンナ、1万7000ヘクタールの草原にヒョウが20匹以上生息しています。この世界でも稀にみるヒョウの王国は、南アフリカのロンドロジ動物保護区にあります。ここでは、研究のためヒョウの生態が30年近くに渡って映像に記録されてきました。今ではそれぞれの個体を識別することができ、ヒョウたちも人間をそれほど警戒しません。

 

その中に、人間との結びつきを深めた1匹のメスのヒョウがいます。そしてこのヒョウの撮影に一人のカメラマンが人生の20年近くを捧げました。ヒョウの名はマナナです。

 

動物カメラカマンのジョン・ヴァーティーは長年多くの野生のヒョウをカメラで追いかけてきました。中でも彼にとって特別なヒョウがいます。彼はこのメスのヒョウをマナナと呼んでいます。マナナとジョンは信頼関係で結ばれています。野生のヒョウは攻撃的でいつ襲ってくるか分かりません。しかしジョンはマナナからほんの数メートルの場所に座ることができます。長年のうちにジョンはマナナのボディランゲージを学びました。今ではちょっとした身振りでマナナが彼に気を許しているか、遠ざけようとしているかが分かるのです。時にはマナナはジョンが狩りに同行することさえ許してくれます。

 

彼らの絆が生まれたきっかけはマナナが生まれる10年以上前のある出会いでした。1979年、ジョンは仲間のエルモンと共にヒョウの通り道を辿っていました。そしてヒョウの母と子供たちを発見。人間を察知すると大抵の母親は子供たちを隠してしまいますが、この時は違いました。母親のヒョウは特に警戒する様子もなく、彼らが子供たちを撮影しても平気だったのです。ジョンはこのメスのヒョウに注目し彼女の一生をカメラにおさめよとうと決心しました。それから12年間にわたりジョンはこのメスのヒョウの生態を克明に映像に記録し続けました。

 

あの母親のヒョウは人間とヒョウが親しくなれることを初めて教えてくれた存在でした。彼女は秘密の扉を開けてヒョウの世界を私に見せてくれました。

(動物カメラマン ジョン・ヴァーティー)

 

しかし、ある夜ジョンはその世界が引き裂かれるのを目撃しました。ライオンが獲物を仕留めた彼女を追っていました。この時、彼女は獲物を木に引っ張り上げたのですが位置が低すぎました。ライオンに追い詰められたメスヒョウは地面に飛び降りるしかありませんでした。そして、メスヒョウは無残に傷つき死にかけていました。傷は骨にまで達していました。彼らは傷ついたヒョウが死んでいくのを見ているしかありませんでした。ヒョウの世界へと開かれた窓は閉じてしまいました。

 

ジョンたちが次に追いかけたのは死んだメスヒョウの娘でした。しかし、彼女の性格は母親とはかけ離れていました。気まぐれで攻撃的なため慎重に後をつけなくてはなりませんでした。ある日、彼女が狩りに出かけた隙に巣穴を確かめると生後10日程のメスの子供がいました。ジョンはその子をマナナと名付けました。ヒョウの世界への窓が再び開いていったのです。

 

メスのヒョウは狩をしながら単独で子育てをします。そのため生まれたばかりの子供たちはしばしば無防備なまま巣穴に置いていかれます。ライオンやハイエナは競争相手を減らすために他の捕食動物の子供を殺します。無防備なヒョウの子供は容易い標的です。しかし、幸いにも茂った藪と河川敷の岩が要塞のように巣穴を守っていました。マナナともう一匹の兄弟は遊びながら存分に狩の稽古をすることができました。目新しい生き物は子供たちに狩の本能を芽生えさせます。

 

大人のヒョウは自分の縄張りを持ち、木々の上を住処として暮らします。木々が茂り多様な動物が生息するロンドロジ保護区はヒョウにとって申し分のない環境です。しかし、獲物が多いところにはライバルの捕食動物も現れます。一人立ちしたばかりのマナナにとって獲物を獲るのは最初のハードルにすぎません。ここでは獲った獲物を手放さずにいることの方がはるかに難しいのです。

 

若いヒョウは仕留めた獲物を他の捕食動物から守ることの難しさを学びます。しかし、マナナが4歳で母親になると試練はそれだけではすまなくなりました。捕食動物が絶えず子供の命を脅かすからです。ここではヒョウの子供の約半数が捕食動物に殺されます。マナナはなかなか優秀な母親です。彼女の巣穴は外からは全く見えません。そのうえマナナは数日ごとに子供たちを移動させ捕食動物につきとめられないようにしていました。ニオイで居場所を勘付かれないように同じ巣穴に長くはとどまりません。マナナは賢明に子育てをしていました。

 

しかし、そんなマナナの知恵でも勝つことができない脅威が迫っていました。その恐ろしさをジョンはかつての経験から嫌というほどわかっていました。

 

マナナに出会うより前、私たちが観察していたあるメスヒョウがヒゼンダニ症に感染しました。ダニに皮膚を食われ死んでいく病気です。あのとき私は自然の摂理に介入すべきではないと思い、症状が悪化していくのをただ見つめ死ぬまで撮影していました。ヒョウの亡骸を撮影しながら自分には救えたのに死なせてしまったと後悔したのです。

(動物カメラマン ジョン・ヴァーティー)

 

そのヒゼンダニ症にマナナと2匹の子供たちが感染したことが分かったのです。ヒゼンダニ症は自然界では死刑宣告に等しいものです。今回、ジョンはただ見ていることはできませんでした。ヒゼンダニ症の治療薬を与えればマナナと子供たちを救うことができます。ジョンはヒゼンダニ症の治療薬を矢で打ち込むことにしました。3週間後、マナナと子供たちはすっかり元気になりました。ジョンの決断によりマナナの寿命は10年以上も延びることになりました。そして、子供たちも無事大人になり一人立ちしていきました。

 

しかし、次に産まれた子供たちは幸運に恵まれませんでした。彼女の縄張りに新たな敵が現れたのです。オスのヒョウたちです。縄張りを主張するオスのヒョウは自分の子以外の子供たちを殺します。ロンドロジ動物保護区では敵対する2匹のオスが互いの子供を次々と殺しました。メスに自分の子を産ませるためです。マナナは2度の出産でもうけた子供たちを全て失った後、彼女なりに子供を救う作戦に出ました。マナナは一方のオスを探し出し交尾に誘いました。その後、もう一方のオスを探しだし同じことを繰り返しました。これなら、どちらのオスも生まれたのは自分の子だと思うでしょう。驚くべき戦略です。このような行動をとるメスのヒョウはほとんど観察されたことはありません。

 

それから3か月後、マナナは1匹の子供を産みました。野生のヒョウは普通は1度に2~3匹の子供を産みます。1匹しか産まれなかった場合、ライオンなどはより多くの子供を産むためにその子を放棄することがあります。しかし、マナナはたった1匹の我が子を育てることに決めました。巣穴は周囲から近づきにくい岩場にあり、トゲのある木々がその周りをガードしています。

 

ある日、マナナは子供を岩陰に隠し狩にでかけました。しかし、このとき獲物を探しているのはマナナだけではありませんでした。狩りは失敗に終わりマナナは巣穴に戻りました。しかし、子供はアフリカニシキヘビに食べられてしまっていました。マナナは自らの命をかけて我が子を殺した相手を攻撃しました。傷を負ったニシキヘビは藪の中に逃げ込みましたが、マナナは決して諦めませんでした。3時間、岩の上に座りニシキヘビがいる穴を見張り続けたのです。ニシキヘビは丸飲みにした子供を吐き出しました。緊迫した状況におかれたニシキヘビは素早く逃げるために身軽になろうとしたのです。マナナは攻撃をやめました。死んでしまった我が子を取り返したからです。

 

ニシキヘビが子供を吐き出した後、私はマナナがこのヘビを追いかけて殺すだろうと思いました。ところが、仕返しはありませんでした。彼女の望みは小さな我が子を取り戻すことだけだったのです。野生のヒョウは決して本能のままに行動するだけじゃない。豊かな感情をそなえた動物なのだと私は思います。

(動物カメラマン ジョン・ヴァーティー)

 

マナナは死んだ我が子をくわえ、巣穴から離れた場所に運びました。そして思いがけない行動をとったのです。

 

それは、私がマナナと過ごした17年のうち最も心を揺さぶられた場面の一つでした。マナナは我が子の亡骸を食べ始めたのです。そうすることで、マナナは死んでしまった我が子を弔っていたのだと私は信じています。それから彼女は4日間も死んだ我が子を呼び求めていました。そのようなマナナにカメラを向けるのはつらいことでした。胸を切り裂かれるような思いがしました。

(動物カメラマン ジョン・ヴァーティー)

 

しかし、子供を亡くすことは全てのヒョウの母親に突き付けられる運命です。マナナが産んだ8匹の子供のうち無事大人になったのは4匹だけです。マナナはいつまでも嘆いてはいられません。生きていかなければならないのです。そのためには狩をしなければなりません。

 

ヒョウは勝てる戦いしか仕掛けません。ただし例外が一つあります。それは縄張りをめぐる争いです。メスのヒョウは獲物、住処、巣穴の場所をめぐって死ぬまで戦うことがあります。マナナは最盛期には恐るべき戦士でした。彼女はこの辺りの最も良い場所を縄張りとしていました。しかし、その場所を維持するには頻繁に戦わなければなりません。ひどい傷を負う危険もあります。年月が経つにつれて、マナナはそうした傷がこたえるようになってきました。

 

16歳になったマナナはかつてのように激しく戦うことはできません。若いメスがマナナの近くを平気で歩き回っています。自分のニオイをつけ一番良い場所を横取りしようとしているのです。マナナはそれをただ見ているしかありません。年老いたマナナはハイエナたちのおこぼれにありつき生き延びる足しにしています。

 

マナナは自力で狩りをすることが難しくなり、おこぼれを狙うことが多くなりました。隙をみてバラバラに散った肉の一切れを咥え、素早く木に飛び上がる作戦です。しかし、ハイエナがたくさんいるうちはそれも無理でしょう。

(動物カメラマン ジョン・ヴァーティー)

 

 

それはマナナにとってあまりにも危険な綱渡りです。肉を奪えれば確かに生き延びられますが、ハイエナたちは容赦なく攻撃してくるに違いありません。ハイエナたちが去ったあと、マナナは骨一つでも小さな肉の欠片でもないかと探し続けていました。しかし、残っているのは血と小さな骨だけでした。

 

さらに6か月が経過しました。マナナはもうすぐ17歳です。ジョンは定期的にマナナの様子を見に通っています。マナナは木の上から何かを見つめていました。今の彼女はどんなに小さなものでも捕まえられるものは何でも食べます。

 

若い頃、とても敏捷で強かったマナナですから17歳が近づいた今、小さな獲物を捕まえるしかないと自分でもわかっているのでしょう。彼女はオオトカゲを捕まえました。生き延びるために今も持てる力の全てを使っています。彼女はもう長くはないでしょう。

(動物カメラマン ジョン・ヴァーティー)

 

ジョンはマナナのそばに座ろうと思いました。おそらくこれが最後のチャンスです。あと数週間でマナナは17歳になります。人間の85歳に相当する野生のヒョウでは記録的な年齢です。ジョンはマナナを恐れず、マナナもジョンを恐れませんでした。そこには確かな信頼の絆があるのです。野生のヒョウのそばに人間が横たわるなど普通ではありえないことです。しかし、ジョンにはそれがマナナと過ごす残り少ない時間だと分かっていました。

 

間もなくジョンがマナナをどこにも見つけられない日がやってきました。ジョンはマナナが逝ってしまったのだと悟りました。

 

ロンドロジ保護区の藪に行くたび、今でも木々の周りを調べどこかにマナナはいないかと思うんです。しかし、もちろんあの素晴らしいヒョウはもうこの世にはいません。マナナとの絆を深めた17年間は私にとって特別なものでした。幼い彼女の目を見つめたあの最初の瞬間から彼女の死を悟った最後のその日まで。

(動物カメラマン ジョン・ヴァーティー)

 

LEOPARD QUEEN
(南アフリカ 2010年)



コメント

  1. マナナの物語は忘れることが出来ないものでしたね。

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