2015年12月7日、日本の惑星探査機あかつきが金星の周回軌道に入りました。日本の探査機が地球以外の惑星の周回軌道に入るのは初めてのことです。
金星は地球のすぐそばにあり、双子の惑星と言われますが、その環境は大きく異なります。地球の気象学では説明できない不思議な現象が数多く観測されているのです。
最大の謎が、金星に吹き荒れる秒速100mの猛烈な風「スーパーローテーション」です。なぜこのような風が起きるのか全く明らかになっていません。
さらに、金星は大気の約96%が二酸化炭素です。温室効果によって表面の温度は摂氏約460度。大気圧は約90気圧。金星の謎、ひいては地球と金星の運命がどうして分かれたのかを調べるのが「あかつき」のミッションです。
奇跡の復活!金星探査機「あかつき」
2010年5月、「あかつき」は日本初の金星探査機として打ち上げられました。順調に航行を続け、7ヶ月をかけて金星に到達。メインエンジンを逆噴射して速度を落とし、金星の周回軌道に入る予定でした。
ところが、メインエンジンが異常燃焼を起こして破損。あかつきは十分な減速ができず、金星を通り過ぎてしまいました。その後、太陽の重力にとらえられた「あかつき」は、金星の少し内側を回る軌道に入りました。そこで周回軌道投入に再び挑戦することが決まったのです。
しかし、これまで軌道投入に失敗した探査機が、再挑戦で成功したケースは世界でも例がありません。プロジェクトチームの未知への挑戦が始まりました。
詳しく計算したところ2015年に「あかつき」が金星に接近することが分かりました。ところが、周回軌道に投入できたとしても、太陽の重力の影響でブレーキがかかり、金星に落下してしまうことが分かったのです。プロジェクトチームは様々なケースを想定して軌道の計算を行いました。数万通りにもおよぶシミュレーションの結果、ついに「あかつき」の落下を防ぐ方法を見つけたのです。
当初予定していた軌道を捨て、太陽の重力に引っ張られる軌道に変更することで「あかつき」の落下を防ごうというのです。こうして金星周回軌道への再挑戦は12月7日に決まりました。故障したメインエンジンに代わり、姿勢制御用の小型エンジンを使って減速します。
午前8時51分、あかつきは逆噴射を開始。そして、ついに減速した「あかつき」を金星の重力がとらえました。こうして「あかつき」を金星周回軌道に乗せることに成功したのです。
「あかつき」金星最大の謎に迫る!
双子の惑星と呼ばれる金星と地球。今から46億年前、ほぼ同じ時期に誕生し似たような構造をしていながら、なぜ環境が大きく違うのでしょうか。
この謎の解明に挑んでいるのがJAXA「あかつき」プロジェクトサイエンティストの今村剛(いまむらたけし)准教授です。長年、金星の気象メカニズムを研究してきました。
金星の気象現象で最大の謎と言われているのが、金星に吹き荒れる猛烈な風「スーパーローテーション」です。分厚い雲の中で秒速100メートルという猛烈な風が金星全体で常に起きているのです。惑星規模で吹く風は自転の影響で起こります。このとき、地球の気象学の常識では自転の速度を超える風は吹かないとされています。
例えば、1日24時間で自転する地球の場合、上空では偏西風が吹いています。偏西風の秒速は30メートル。これは地球の自転速度の1割程度です。一方、金星の自転周期は243日。自転速度は秒速1.6メートルととてもゆっくりです。それにも関わらず、秒速100メートルものスーパーローテーションが起きています。発見から60年、そのメカニズムはいまだに解明されていません。
この謎を解き明かそうと「あかつき」が挑むのが、金星全体を覆う分厚い雲の分析です。しかし、雲の厚さは30kmにおよびます。太陽の光を反射するため可視光で観察するとぼんやりとしか見えません。そこで「あかつき」に搭載されている最新の赤外線カメラ3台を使って雲の濃淡をとらえようと言うのです。
金星の大気からは赤外線が放出されています。「あかつき」の赤外線カメラは、雲から漏れてくる赤外線をとらえます。このとき、雲の薄い部分では少しだけ遮られ、厚い部分ではより多くの赤外線が遮られます。そのため、赤外線カメラで見ると雲が薄い部分は明るく映り、厚い部分は暗く映るのです。
あかつきには波長の異なる赤外線カメラが搭載されており、それぞれ違う高度にある雲を観測することができます。これらの画像を組み合わせることで、雲を立体的にとらえることができるのです。
2016年3月、ついに「あかつき」はスーパーローテーションをとらえることに成功しました。
スーパーローテーションに迫る画像を撮影!
2015年12月7日、軌道投入に成功したまさにその日、スーパーローテーションの謎の解明につながるかもしれない驚きの画像をとらえました。それは赤外線カメラで雲の表面の温度分布をとらえたもので、幅1500km、長さ1万kmに渡って弓型の模様がありました。これにより地球上では考えられない巨大な雲の構造が初めて確認されました。
さらに2日後の12月9日、高度33万kmからとらえた画像では、スーパーローテーションの影響を受けることなく弓型の模様は同じ場所に存在していました。模様が確認されたのは12月7日~11日まで。一体この正体は何なのでしょうか?
佐藤毅彦(さとうたけひこ)教授は2つの仮説を考えています。
仮説❶風の衝突
東から西に流れるスーパーローテーションとは逆向きの風が起こり、お互いがぶつかることで模様ができたのではないかと考えました。
仮説❷大気の乱れ
地球上では風が山などにぶつかると大気に乱れが発生します。この大気の乱れは、波紋が広がるように波となって遠くまで伝わっていきます。金星でもこうした大気の乱れが発生し、それが波のように伝わることで模様を作っているのではないかというのです。
佐藤さんはこのような金星特有の波がスーパーローテーションのメカニズムに重要な役割を果たしていると考えています。金星は秒速1.6メートルで自転しています。このとき、摩擦の働きにより地面に接している大気に自転の力が伝わり続け、大気の流れが発生します。この大気の流れに金星特有の波が働き、それが何らかの作用で上空に伝わり、スーパーローテーションの駆動力になると佐藤さんは考えています。
「サイエンスZERO(ゼロ)」
探査機あかつき 金星の謎に迫れ!
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