ルカス・クラーナハ|日曜美術館

NHK・Eテレの「日曜美術館」で謎のヌード クラーナハの誘惑が放送されました。ルカス・クラーナハは16世紀のドイツで異才を放った画家です。

 

16世紀、ルカス・クラーナハはドイツのヴィッテンベルクで画家として活躍しました。30代で宮廷画家になった頃に描いたのが「聖カタリナの殉教」です。力強いタッチがドラマチックな空間を作り上げています。クラーナハがたぐいまれな才能を持っていたことがうかがい知れます。クラーナハが生きた時代、ヨーロッパ中が混乱のただなかにありました。そのきっかけを作ったのがマルティン・ルターです。ルターは宗教改革の旋風を巻き起こした人物です。16世紀、時の教皇がサン・ピエトロ大聖堂の大改築を計画しました。その実現には莫大な資金を必要としました。そこで発行されたのが免罪符(贖宥状)です。これを買えば、犯してきた罪のつぐないが免除されるというもの。教皇は免罪符の売り上げで大聖堂の建設資金をまかなおうとしたのです。免罪符はドイツで大々的に売り出されました。ヴィッテンベルクで司祭をしていたルターは猛然と異を唱えました。間もなくドイツ中が激しい対立の渦に巻き込まれました。争いはやがてヨーロッパ中に広まり、100年以上続きました。

クラーナハはルターと非常に親しい間柄にありました。クラーナハはルターの肖像画を何枚も描き、ルターがドイツ語に翻訳した聖書の挿絵も手掛けました。その一方でルターと対立するカトリック教会からも注文を受けていたとも言われています。厳しい時代状況の中、クラーナハは柔軟に立ち振る舞い自らの才能を発揮し続けました。それでも、創作の場が奪われそうになりました。偶像破壊運動が起こったのです。宗教画や彫刻を不要のものとみなす風潮のもと、クラーナハへの絵画の注文は激減したと言います。そこでクラーナハは今までとは全く違うジャンルに活路を見出しました。それがヌードでした。

クラーナハは神話をモチーフにした裸体画を次々と描きました。「ヴィーナスと蜂蜜泥棒のキューピッド」は、不安な表情のキューピッドとヴィーナスが描かれています。右上には「キューピッドは蜂の巣から蜜を盗もうとしたが蜂は針でその指を刺した。つかの間の快楽をむさぼろうとしても快楽は人に苦痛を与え害をもたらす」という文字が書かれています。言葉をそえることで単なるヌードではなく道徳性のある絵画だということができたのです。しかし、クラーナハは徐々にそうした説明をはぶいていきました。

 

15世紀から16世紀にかけて、イタリアには数々の画家たちの手によりヴィーナスが描かれました。グラマラスな肉体、艶やかな肌の色、おおらかで神々しいヴィーナスです。しかし、全く異なるヴィーナスがアルプスを越えた北の地で生まれました。ルカス・クラーナハの「ヴィーナス」です。実際の人体とは異なり、デフォルメして描かれています。体を隠すはずのヴェールは逆に見る者の目を惹きつける効果をはたしています。「正義と寓意(ユスティティア)」はローマ神話に登場する正義の女神を描いていますが、両手に持つ剣と天秤が見る者の視線を誘います。クラーナハの「ヴィーナス」は同時期のイタリアの絵画と対照的な手法で描かれていると言います。イタリアで用いられた一般的な手法では、最初に全体に暗い色を塗ります。そして、絵具を厚めに重ね肌を描いていきます。一方、クラーナハは下地の白の輝きを消さないよう全体を淡い色で塗り、絵具をごく薄く塗っていきました。その上にうっすらと白を。滑らかな体のライン、抜けるような肌の輝き、独自の美意識を貫くことでクラーナハは唯一無二の怪しいヴィーナスを生み出したのです。

 

「不釣り合いなカップル」はクラーナハが好んで描いたテーマです。指輪を女性に捧げるのは歯の欠けた白髪の老人。男はすっかり女性に心を奪われた様子です。

「『女のちから』これはクラーナハが終生描き続けたテーマです。神話や聖書によく描かれる題材で、女性の策略や誘惑に引っかかり男性が堕落しどうしようもなくなるというものです。ドイツでは伝統的に女のちからが描かれてきました。クラーナハもまた印象的に力強く女のちからを描き切っています」(ウィーン美術史美術館 学芸員グイド・メスリングさん)

ヨーロッパでは女性は男をたらしこみ堕落させる存在とみなされてきました。さらに中世には悪魔と結託する魔女という概念が生まれました。魔女狩りも行われました。中でもドイツの被害者の多さは際立っていました。16世紀から18世紀半ばまでに3万人以上が処刑されたと言われています。魔女は醜い者として広く描かれました。しかし、クラーナハは悪しき女のちからを持つ女性であっても魅惑的に描きました。

クラーナハの「ホロフェルネスの首を持つユディト」は、剣を持ったユディトが冷徹な視線でこちらを見つめています。一方、首を斬られたホロフェルネスは口を開け目もうつろですが、少し恍惚の表情にも見えます。

クラーナハが描いた女のちから。それは絵そのものの力となり今も見る者を魅了し続けるのです。




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