世界で最も奇妙な家が、アメリカ・カリフォルニア州・サンノゼにあるウィンチェスターハウスです。この家が建てられたのは、今から130年前の1884年。敷地面積7万2000坪の大豪邸です。
しかし、驚くのは広さだけではありません。ウィンチェスターハウスは、38年間毎日行われた増築によってつぎはぎだらけの家になってしまったのです。迷路のような室内の部屋数は160。なぜこの家は建てられたのでしょうか?
ウィンチェスター家
ウィンチェスター家は、アメリカ有数の大富豪でした。オリバー・ウィンチェスターと息子ウィリアムが経営していたのは、武器製造のウィンチェスター社。
中でもウィンチェスターライフルは人気を博しました。当時は1発ごとに弾を入れる単発銃が主流でしたが、ウィンチェスター社は連発銃のライフルを開発したのです。
その頃、アメリカは南北戦争の真っ只中。黒人奴隷に支えられて、綿花の栽培・輸出を行っていた南部と、当時の大統領リンカーンを中心に奴隷解放を訴える北部が争っていました。
連発銃のウィンチェスターライフルは、徐々に知名度を上げていき、南北戦争後1890年頃まで続いた西部開拓でモデル73と呼ばれる製品が「西部を征服した銃」と呼ばれるほど普及しました。これによりウィンチェスター家は莫大な資産を得たのです。
幸せの絶頂
そんな中、2代目社長ウィリアム・ウィンチェスターは、サラ・パーディーという美しい女性と出会いました。サラは裕福な家に生まれ語学に秀でた女性でした。
すぐに2人は惹かれあい、1862年に結婚。娘にも恵まれ一家は幸せの絶頂でした。
不幸に襲われる
ところが、生後1ヶ月にも満たない娘が栄養障害で亡くなりました。さらに、ウィリアムが肺結核により死亡。まだ43歳でした。サラは若くして一人ぼっちになってしまったのです。
霊媒師のお告げ
サラは、有名な霊媒師に答えを求めました。霊媒師に身の回りに起こった悲しみを打ち明けると「ウィンチェスター家の夫人だから呪われている」と言われました。
ウィンチェスター家は多くの命を奪った銃によって豊かになりましたが、何十万・何百万という銃の犠牲者が呪っているというのです。霊媒師に「西で広い家の土地を買え」と言われ、サラは1884年コネチカットにあった全てのものを引き払い、カリフォルニアのサンノゼに移住しました。
そして、20人ほどの使用人と10人以上の大工・庭師を雇い24時間休みなく家を増築することを指示。
実は、霊媒師に「その家は一生かけて増築し続けなければならない。昼夜を問わず」と言われていたのです。
そのお告げを忠実に守り、家を休みなく増築。その頃、サラはウィンチェスター銃によって命を奪われた者が悪霊となって現れる夢を見ました。
サラは、行き止まりの階段を作らせ、悪霊を封じ込ませようとしました。さらに、サラは自分だけが入れる部屋を作らせ、そこにこもり自ら降霊術をはじめるように。ここでのお告げが、彼女の行動をさらにエスカレートさせていきました。
ある日、サラは屋敷の正面玄関の封鎖を命じました。これも悪霊の侵入を防ぐため。現在も閉じられたままになっています。
さらに、不吉だといわれる数字13を悪霊払いに用いました。不自然に配置されたフックの数は13個、洗面台の排水口の穴も13個、階段も13段。全ては死者の魂を沈め、二度と悲劇が起こらないことを願うサラの苦悩の表れでした。
増築の終わり
1922年9月5日、サラ・ウィンチェスターは息を引き取りウィンチェスターハウスの増築は終わりました。総工費は550万ドルにもなりました。
最終的に、ウィンチェスターハウスは寝室40、バス・トイレ13、キッチン6、階段47、部屋の数は160にもなっていました。
「ザ!世界仰天ニュース」
世界で最も奇妙な家
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