あなたは大丈夫?命を奪うストレスの脅威
今、世界中でキラーストレスの研究が加速しています。生理学や心理学、脳科学など様々な分野の研究者がキラーストレスの解明に挑んでいます。
そもそも、ストレスを受けた時、体の中でどんな反応が起こるのでしょうか?ワシントン大学ではストレスの体への影響を調べるため実験を行っています。
ストレスを受けた時に反応するのは扁桃体と呼ばれる場所です。扁桃体は、脳の中央に近い場所にあるアーモンドのような形をした部分です。恐怖や不安を感じた時に活動する場所です。
ひとたび扁桃体が働くと、体の複数の場所が活発に活動し始めます。扁桃体からの指令を受けた副腎は、ストレスホルモンと呼ばれるホルモンを分泌し始めます。ストレスホルモンには、心拍数を増やす働きがあります。また、血液を固まりやすくするなどの作用もあります。
もう一つ、扁桃体からの指令で活発に動き始めるのが自律神経です。自律神経は興奮すると血管をぎゅっと締め上げ、血圧を上昇させます。
ストレスを受けた時、扁桃体が働くのをきっかけに全身で起こる様々な体の反応がいわゆるストレス反応です。なぜ、こんな仕組みが私たちの身体の中に備わっているのでしょうか?
話は数万年前、私たちの祖先が狩猟をして暮らしていた頃にさかのぼります。周りには獰猛な動物など天敵だらけ、必死に戦ったり逃げたりしなければ生き延びることはできませんでした。
その時、威力を発揮したのがストレス反応です。心拍数が増加したり血圧が高くなるのは、瞬時に体を動かせるよう全身の血のめぐりを良くするための仕組みです。血液が固まりやすくなるのは怪我をした時に素早く血を止めるためだと考えられています。ストレス反応は、私たちの祖先が命を繋ぐために進化させた大切な体の機能だったのです。
天敵がいなくなった現代、もはやライオンなどに襲われ命の危険にさらされる心配はありません。ところが、体の中には恐怖や不安を感じると反応する仕組みが残ったままです。天敵相手に働いていたこの仕組みが精神的な重圧を感じた時に働くようになりました。これが私たち現代人の体の中で起こっているストレス反応なのです。
死を招くストレス その時何が起こるのか
単なるストレスがどのようにして人の命を奪うストレスになるのでしょうか?
病院に運ばれてきた60歳の女性は、めまいやふらつきが続き、体の自由がきかなくなりました。検査の結果、脳出血を起こしていました。幸いにも対処が早かったため一命をとりとめることができました。
ホテルに勤めているという女性、海外からの観光客が急増したため、仕事に追われ睡眠不足に陥っていました。そこに倒れる直前、精神的に追い打ちをかけることがあったと言います。仕事の忙しさに加え、睡眠不足、親戚の葬儀と複数のストレスがかかった時、脳出血を発症したのです。
最新の研究によれば、一つではなく複数のストレスが重なった時、単なるストレスが命をも奪うキラーストレスへと変貌することが分かってきました。
ストレスがかかっても一つの原因だけなら、ストレス反応はすぐにおさまります。しかし、複数のストレスが重なると副腎から分泌されるストレスホルモンがとめどなくあふれ、体の中に大量に蓄積されます。すると、心拍数が増加。血圧が異常に高い状態に陥ります。血圧の上昇に耐えられず、もし大動脈が破裂すれば死に直結します。血管の破裂が脳で起こると脳出血に陥るのです。さらに、キラーストレスが心臓に深刻なダメージをもたらす新たなメカニズムも明らかになってきました。
エモリー大学では過去に心臓発作を起こした人で、ストレスがかかった時の心臓の状態を調べました。計測したのは心臓を動かしている筋肉の血液量です。ストレスがあると血液が滞っている部分があることが分かりました。心臓の筋肉の血液が途絶えると、心臓は動けなくなってしまいます。これには自律神経の異常が関係していると考えられています。
あまりにも複数のストレスが重なると末端の血管を締めあげる自律神経が興奮状態に陥り、誤って心臓の筋肉の血管までぎゅっと締め上げてしまうのです。ストレスホルモンが心拍数を増やすよう働き、自律神経は心臓の筋肉の血管を締めあげます。この真逆の反応が同時に起こった時、心不全を引き起こす可能性が明らかになりました。
「がん」「突然死」原因はストレス?!
キラーストレスが人の命を奪うのは、心臓や脳の病気だけではありません。ストレスがかかった時、がんが急速に進行するメカニズムが初めて明らかになってきました。
オハイオ州立大学のソンウィン・ハイ教授が注目したのは、ストレスホルモンによって働き始める遺伝子です。ATF3遺伝子は免疫にかかわる遺伝子です。乳がんの患者で、ATF3遺伝子と生存率を調べました。その結果、ATF3遺伝子が働いていない人たちでは1年後の生存率は85%でしたが、ATF3遺伝子が働いている人たちの生存率は45%でした。
かぎを握っているのは免疫細胞です。免疫細胞は、がん細胞を攻撃し増殖をくいとめる働きがあります。ATF3遺伝子は、この免疫細胞の中で、普段はスイッチが切れた状態で眠っています。
ところがストレスホルモンが増え、免疫細胞を刺激するとATF3遺伝子のスイッチが入ります。すると、なぜか免疫細胞はがん細胞への攻撃をやめてしまいます。ストレスホルモンが減れば、ATF3遺伝子のスイッチが切れ、再びがんを攻撃します。しかし、体の中のストレスホルモンが多い状態が続くとスイッチが入ったままに。免疫細胞が働かず、がん細胞の増殖に歯止めがかからなくなるのです。
さらに、キラーストレスが命を奪う思いもよらないメカニズムも明らかになってきました。ストレスホルモンが、ごくありふれた細菌を殺人細菌へと変化させ突然死をもたらすというのです。
この現象を突き止めたのは、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校のデイビット・デイビス教授です。突然死の危険性が高い動脈硬化の人の血管を詳しく調べたところ、血管の壁から本来はいるはずのない細菌を見つけたのです。
本来は口の中などにいるごく普通の細菌が、歯茎の出血などをきっかけに血管の中に入り込んだと考えられます。細菌は全身を巡り、一部が血管の壁の中にすみつきます。これだけでは細菌は悪さはしません。
ところが、ここにストレスホルモンが加わると、血液の中の鉄分が切り離されます。すると、細菌が鉄分を栄養にして大増殖。血管の壁を溶かし出血が起こるのです。これが大動脈などの重要な血管で起こると、わずか数十分で突然死に繋がると考えられています。
あなたは大丈夫?ストレス危険度チェック
ストレス反応を引き起こす扁桃体は、不安や恐怖に反応するだけでなく、周りのささいな環境の変化にも影響を受けます。
例えば結婚や収入の増加、昇進、昇格など生活環境の変化があると扁桃体が活性化すると考えられています。それが喜びを感じる出来事であったとしても、環境の変化に繋がればストレス反応が起こる可能性があるのです。
ストレス対策 世界最先端からの報告
今、注目されているのがアメリカ心理学会が推奨する5つのストレス対策です。
- ストレスの原因を避ける
- 笑う
- サポートを得る
- 運動する
- マインドフルネス
ウェスタンオンタリオ大学での研究で、心臓病の人は健康な人よりも20%ほど自律神経が興奮し、ストレスがかかっていることが分かりました。そこで、自律神経が興奮していた人たちに6カ月間、運動を続けてもらいました。すると、自律神経の興奮がおさまり正常な値になっていたのです。運動をするとストレスの暴走の引き金となる自律神経の興奮がおさまることが分かったのです。
延髄の神経細胞は、扁桃体から入ってきた電気信号を自律神経に伝える回路になっています。運動しないと、延髄の神経細胞の突起が増え、扁桃体の情報が自律神経に過剰に伝わり興奮させてしまいます。
運動をして延髄の神経細胞の突起が減ると、情報を伝える回線が減ります。例えストレスに扁桃体が反応しても、その情報が伝わりにくくなり自律神経の興奮が抑えられるのです。
実は延髄はストレス反応のもう一つのルート、ストレスホルモンの分泌にも関わっています。扁桃体からの電気信号が延髄を経由して副腎に伝わります。するとストレスホルモンの分泌が始まります。運動によって延髄の神経細胞の突起の数が減れば、扁桃体の情報が副腎に伝わらなくなり、ストレスホルモンの暴走もふせぐことができると考えられています。
ウェスタンオンタリオ大学の運動のポイントは、息が少し上がる程度の速さで歩き、体に少し負荷をかけることです。30分間、週3回行いました。
運動と並んで、今世界各国で注目されているストレス対策がマインドフルネスです。マインドフルネスとは瞑想をベースにしたプログラムです。
「NHKスペシャル」
キラーストレス 第1回 あなたを蝕むストレスの正体 ~こうして命を守れ~
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