神秘の球体マリモ ~北海道・阿寒湖の奇跡~|NHKスペシャル

NHK総合テレビの「NHKスペシャル」で神秘の球体マリモ~北海道・阿寒湖の奇跡~が放送されました。丸いマリモ(毬藻)は数え切れない藻が集まって出来た集合体です。これまで確認された丸いマリモの生息地はヨーロッパや日本を中心に約40ヶ所。しかし、次々と姿を消しています。そして今年、とうとう北海道の阿寒湖が確認される最後の群生地となってしまいました。しかも大型のものは湖の北側、サッカーグラウンド半分ほどの浅瀬にしか住んでいません。なぜ阿寒湖にだけ丸いマリモの群生地が残っているのでしょうか?

 

北海道の東部、火山の噴火で出来た阿寒湖は国立公園に指定されています。湖の南側は戦前にひらかれた温泉街なため一年中観光客でにぎわいます。一方北側は立ち入りが厳しく制限されています。マリモをはじめ貴重な自然を守るため、国の特別保護地区になっているからです。丸いマリモが生息するのはチュウルイ湾。アイヌの人々が「波の荒い場所」と呼んだ小さな入り江です。ここで20年以上に渡ってマリモの研究に取り組んでいるのが釧路市マリモ研究室の若菜勇さんです。マリモは深さ2mの浅瀬に三層ほどに重なって生息しています。表面をよく見ると酸素の気泡がついています。光合成で成長しているからです。実は湖の別の場所には丸くないマリモもいます。揺ら揺らと浮かんだ浮遊型マリモ、岩についた着生型マリモです。本来マリモは丸くならないものがほとんどで、世界各地に生息しています。一体なぜチュウルイ湾のマリモは丸くなり、ここだけで群生しているのかずっと謎とされてきました。NHKでは若菜さんや地元の大学と協力して湖にカメラを設置し、マリモの観察をしました。

 

マリモがなぜ丸くなるのかという謎は世界の学者を虜にしてきました。イギリスの博物館には250年前に世界で初めて発見されたマリモが保存されています。発見以来、さまざまな学説が飛び交いました。18世紀、イギリスの植物学者が提唱した説は藻が川で流され回転するうちに丸くなるという川流れ球化説。20世紀、オーストリアの学者が提唱した説は小石の表面にマリモがつき湖の底を転がりながら丸くなるという小石反転説。戦前、日本の学者が提唱した説はマリモが浮いたり沈んだりしている間に光合成する表面をかえ丸くなるという浮き沈み球化説。しかし、湖の底で観察を続けるのは難しく、謎は謎のままでした。

 

カメラを設置して10日目、ついにマリモがここで丸く成長する秘密が見えてきました。この日、チュウルイ湾には風速7mの強い南風が吹いていました。すると、じっとしていたマリモに変化が。波に揺られマリモがユラユラと動き回転していました。しかもマリモは波に流されず、その場にとどまりながら回っていました。この映像から若菜さんが推測したマリモが丸くなる仕組みは以下です。1本1本の細い藻が光に向かって枝分かれを繰り返しながら伸びていきます。その場で回転することで全体に満遍なく光を浴びることができ、均等に丸く成長していきます。何年もかけ、ゆっくりとまん丸に育っていくと考えられるのです。さらにこの回転は阿寒の特徴的な風によって起きることが分かってきました。6月になるとチュウルイ湾には6m~10mの強い風が吹き込みます。山間を抜けて強くなり、湾に吹き込む南風が、水面から湖底に向かって円を描くような水の流れを作り出します。この流れによってマリモはその場にとどまりながら回転していたのです。風が弱すぎると回転できず、強すぎると岸に打ち上げられてしまいます。地形が生み出す絶妙な風によってマリモは丸くなっていたのです。

 

つい最近まで阿寒湖をしのぐマリモの大群生地があったのがアイスランドのミーバトン湖です。阿寒湖の3倍の広大な湖で、12年前には2000万個ものマリモがひしめき合う世界一の群生地でした。しかし、ミーバトン湖のマリモは減り続けています。ミーバトン研究所のアルニ・エイナルソンさんによると、今年に入ってからマリモがまだ2つしか見つかっていないそう。一体ミーバトン湖で何が起きているのでしょうか?調査してみるとミーバトン湖のマリモは泥に埋もれ腐っていました。マリモが急激に減り始めたのは数年前からだと言います。原因は何か泥を調べてみると、中からユスリカの幼虫が出てきました。ユスリカの幼虫には口から糸を出し、泥を固める習性があります。しかし、最近ユスリカが極端に少なくなる年があり、湖底の泥が柔らかくなっていました。波で動きやすくなった泥がマリモを覆い、光合成ができなくなり群生地が一気に消滅に向かったのです。ミーバトン湖の環境のバランスが崩れた大元の原因は街の工場の排水でした。水質が悪化し水草は激減。それを餌とするユスリカまで減ったと言われています。こうしたわずかな環境の変化が世界各地の湖で起こり、マリモの群生地が姿を消していったのです。

 

阿寒湖でも絶滅の危機はありました。戦前・戦後の開発によってマリモが激減し、湖の南側にあった群生地が失われたのです。地元では30年前から水の浄化に取り組み、チュウルイ湾のある北側の群生地は残りました。今も群生地が保たれているのには秘密があります。チュウルイ湾から北へ5kmのところに普段は人が立ち入ることが出来ない幻の湖パンケトーがあります。パンケトー湖では、いたるところで水が湧き出ています。阿寒の原生林が蓄えた伏流水です。この水は川となってマリモが生息する阿寒湖の北側へと流れ込んでいます。澄んだ水がチュウルイ湾を絶えず浄化し、マリモが育つ環境が維持されているのです。阿寒の手付かずの大自然が環境の変化を受けやすいマリモを守り続けていたのです。

 

しかしマリモには、なぜ丸い形で生きてきたのかという大きな謎があります。丸いマリモは糸状の藻の集まりです。丸い形は表面にしか光が当たらず中の部分で光合成が出来ないため、植物として最も効率の悪い形なのです。この謎がこの夏解き明かされました。植物が盛んに育つ夏の時期、マリモが暮らす浅瀬では生き物たちの争いが始まります。マリモは天敵であるシオグサに表面を覆われ、このままでは光合成が出来なくなってしまいます。ところが、マリモを回転させる風速7mの風が吹きシオグサが取れていきます。マリモは互いに体をぶつけ合って表面のシオグサを取っていたのです。細い藻が集まって出来たマリモは丸くなることで敵に打ち勝っていたのです。では、マリモはどうやって命をつないでいるのでしょうか?

 

2013年11月、大型の低気圧が北海道を直撃。風速18mを超える強風がチュウルイ湾に吹き荒れました。マリモは岸辺に打ち上げられていました。その多くが長い年月をかけて育った20cm以上の大型のもの。群生地のマリモの3分の1が打ち上げられていました。4日後、マリモは波にもまれバラバラに。浅瀬には砕けて欠片となったマリモが。しかし若菜さんがマリモの打ち上げを見たのはこれが初めてではありません。1995年、2002年、2007年とこれまで3回目撃しています。若菜さんはここにマリモがチュウルイ湾で行き続けてきた最大の秘密があると考えています。冬になると、打ち上げられたマリモの欠片に試練が訪れます。シベリアから大白鳥がやってきてマリモの欠片を食べるのです。次なる試練は猛烈な寒さ。阿寒湖は氷点下20℃まで冷え込みます。マリモは一晩で凍りつき、やがて朽ちていきます。それでも氷の下には難を逃れたマリモの欠片がいます。そして4月下旬、阿寒にようやく春が訪れ、雪解けで水かさが増したチュウルイ湾に引き波が起こります。するとマリモの欠片は浅瀬から沖合いに向けて一斉に動き始めます。たどり着くのは元いた群生地。そして再び光合成を始めます。マリモは5~7年かけて大きくなり、打ち上げられ、そして再生していたのです。