青木美保 けいれん性発声障害で声が出なくなるものの歌手復帰|爆報!THEフライデー

青木美保(あおきみほ)さんは、演歌界の巨匠・五木ひろし(いつきひろし)さんが見出し、五木ひろしの妹としてデビューを果たしました。1986年に発表した「夢一輪」が25万枚の大ヒットを記録しました。

 

そんな青木美保さんですが、もともと五木ひろしさんの一ファンでした。15歳の時、五木ひろしさんのファンイベントに参加しカラオケを披露。すると、青木美保さんの歌声に五木ひろしさんは惚れ込み、その場でスカウト。2年後にデビューをかざると多くの新人賞を獲得。五木ひろしさんも青木美保さんのために曲をかきおろすなど、誰もが彼女の輝かしい未来を信じて疑いませんでした。

 

ところが、そんな青木美保さんを「声が出ない病」が襲いました。それは突然声を出すことができなくなってしまう病で、約6万人に1人がかかると言われている珍しい病気です。声を失った青木美保さんは表舞台から姿を消しました。

 

青木美保さんの体に異変が起きたのは、デビューから16年が経った2000年のこと。ひどい咳に悩まされ、話そうとすると言葉の頭を発するのに苦労するようになりました。それでも、最初はただの風邪だと思っていました。ところが、咳がおさまっても声はますます出しづらくなっていったと言います。

 

病院に行っても原因不明。声帯の筋肉を強めるため筋肉増強剤を注射されました。しかし、この治療によってホルモンバランスが崩れヒゲが生え、体全体にも筋肉がつきゴツゴツした体型になってしまいました。

 

そんな頃、離婚した青木美保さんは安い家に引越しレジ打ちのアルバイトで生計を立てるように。声が出ないまま4年が経ちました。10ヶ所以上の病院をまわり、ようやく病気の正体が「けいれん性発声障害」であることが分かりました。けいれん性発声障害とは、本人の意思とは無関係に声帯が閉まることで声が途切れたり、かすれ声になってしまう病です。原因は脳の障害やストレスとも言われていますが、いまだに解明されていません。そのため根本的な治療法がなく発声トレーニングが唯一の改善法です。

 

青木美保さんは1日1時間以上、声帯トレーニングに励みました。そして病気発症から11年後、美しい歌声が蘇り10年ぶりに歌手復帰を果たしました。

 

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