高橋良明の死の真相 無免許運転でバイク事故&医療ミスの可能性|爆報!THEフライデー

1985年、高橋良明(たかはしよしあき)さんは12歳で子役デビューを果たしました。その名を一躍世間に知らしめたのは「うちの子にかぎって…2」です。高橋良明さんはこのドラマでクラスのムードメーカーを演じ世間から注目を浴びると、スペシャル版では主役級に抜擢されました。西尾まりさんとの小学生同士のキスシーンという過激なシーンにも挑戦しました。

 

1987年には「天使の反乱」で歌手デビュー。6枚のシングルを発売し、売り上げは約100万枚。天真爛漫で裏表のない高橋良明さんの魅力に多くのファンが心を奪われました。

 

バイク事故

しかし1989年1月23日、大河ドラマ「春日局」の撮影終了後にバイク事故を起こして亡くなってしまいました。享年16。告別式に集まったファンは5000人。追悼集会には1万5000人のファンが集まりました。

 

事故があった1989年1月5日、高橋良明さんはレンタルビデオ店へビデオを返しに外出しました。高橋良明さんは無免許でバイクを運転し、道路を横断しようとしていた女子中学生と接触。事故被害者の少女は骨折で全治2ヶ月。幸いにも命に別状はありませんでした。

 

しかし、高橋良明さんは意識不明の重態。意識不明のまま4日経ちましたが5日目の朝、奇跡的に意識が回復しました。診断結果は全治3ヶ月。命に別状はなく安静にしていれば回復する見込みと病院側から告げられたとお母さんは言います。

 

医療ミスの可能性

次の日、看護師が別の人の名前が書かれている点滴を高橋良明さんにつけたと言います。お母さんが指摘すると「中身は同じだから」とそのまま使われました。

 

入院10日目、回復すると言われた高橋良明さんが体中の痛みで暴れ出しました。病院は暴れると治療ができないと両手両脚をベッドに固定し、痛み止めを打ちました。

 

高橋良明さんは頭が痛いと言っていたにも関わらず、病院は脳の検査をしてくれませんでした。

 

そして1月23日に、高橋良明さんの容態が急変。持ち込まれた医療機器は動かず、高橋良明さんは息を引き取りました。

 

このニュースに当時のマスコミは「全治3ヶ月のはずが一体なぜ?医療ミスでは?」と騒ぎ出しました。お母さんも取材に協力し病院の実情を訴えました。

 

これに対し病院側は「最善は尽くした」と主張。そして病院側は週刊誌に報道された事に対し、名誉毀損で高橋家を訴えてきたのです。

 

裁判の結果は高橋家側が勝訴。高橋良明さんは別の病院で解剖され死因は小脳くも膜下出血中脳出血であったことが分かりました。

 

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高橋良明の死の真相

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