間下このみは今…難病との闘い|爆報!THEフライデー

1980年代を代表する子役と呼ばれたのが間下このみ(ましたこのみ)さんです。即席ぞうすいのCMで大ブレイクし、1985年には「所さんのただものではない!」にレギュラー出演。大ヒットドラマ「スクール・ウォーズ」では主演の山下真司の娘役に大抜擢されました。さらに大人顔負けのコントもこなし、国民的子役として一時代を築きました。

 

しかし、成長とともに徐々に露出が減少。表舞台から姿を消しました。そんな間下このみさんは今、謎の難病に苦しめられていると言います。

 

 

間下このみさんは1978年、東京都葛飾区に生まれました。2歳で広告モデルとして活動をスタート。2年後には「ガンバレ玄さん」のCMに抜擢され、ドラマやバラエティからも出演依頼が殺到。

 

しかし、華々しい活躍の裏で間下このみさんに待っていたのは人気子役に対する妬みや嫉妬でした。仕事のため学校をたびたび早退しなければならなかった間下このみさん。そんな彼女をクラスメイトは良く思わず心ない言葉を浴びせるものもいたと言います。次第に周囲から孤立していった間下このみさんにとっては学校よりも仕事場にいる時の方が心が安らぐと感じることもあったと言います。

 

しかし、10歳を超えると徐々にぽっちゃり体型になってきた間下このみさん。その姿は幼かった子役時代とはかけ離れ仕事が激減。いつしか仕事はカケフくんとセットで呼ばれる「あの人は今」だけに。周囲からも「堕ちた子役」というレッテルをはられました。

 

そんな状況に嫌気がさした間下このみさんは、専門学校を卒業すると同時に逃げるように海外留学へ。そして帰国した間下このみさんは2004年に友人のパーティーで知り合った11歳年上の会社員と結婚。ようやく普通の幸せをつかむことができました。

 

結婚2年目、28歳で妊娠した間下このみさん。しかし、妊娠6ヶ月をむかえようとしたある日、お腹の赤ちゃんが原因不明の突然死。亡骸となった胎児を出産するという母親としてこれ以上ない苦しみを味わいました。

 

その後、医師から死因を特定するため赤ちゃんの解剖をするかという提案もありましたが、解剖はせず死因は分からずじまいでした。

 

死産から半年後、間下このみさんは2度目の妊娠をしました。抗リン脂質抗体症候群であることが判明。

 

抗リン脂質抗体症候群とは、免疫に異常をきたし全身の血液が固まりやすくなる病。脳梗塞や心筋梗塞になる確率が急激に上がると言われており、2万人に1人が発症。

 

抗リン脂質抗体症候群は妊娠している間下このみさんにとって最悪ともいえる病でした。この病にかかった女性が妊娠すると、母体と赤ちゃんを繋ぐ細い血管に血栓ができ、赤ちゃんに栄養や酸素が届けられず最悪の場合、胎児が死に至るという恐ろしい病なのです。胎児の死亡率は50%。しかし、当時この病の有効な治療法はありませんでした。

 

間下このみさんは赤ちゃんの命の確率を少しでも上げるため治療法を模索。そして血栓をできにくくする薬品を探しあてました。しかし、薬にはリスクがあり怪我などで出血した場合には血液が止まりにくくなってしまう危険性がありました。それでも赤ちゃんを守るため病院に通い薬を毎日打ち続けました。そして妊娠生活226日、お腹の赤ちゃんが2155gに成長。医師の判断で急遽帝王切開が行われました。無事に赤ちゃんが誕生しました。

 

あれから9年、9歳になった愛娘めのあちゃんは病気の影響もなくすくすくと成長しています。お母さんと一緒に写真を撮るのが何より楽しいと言います。しかし、今なお難病と闘っている間下このみさん。血栓ができやすい彼女は脳梗塞や心筋梗塞が起こる可能性があります。そのため今も投薬治療が欠かせません。

 

間下このみさんは現在、自身の経験を活かし抗リン脂質抗体症候群に関する講演会を実施しています。かつての難病も今では新薬の登場で、出産の成功率が80%に上昇。不育に悩む女性たちに情報を発信しています。

 

「爆報!THEフライデー」

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