清水由貴子と小西博之 死の裏側にある2人の壮絶な物語|爆報!THEフライデー

清水由貴子(しみずゆきこ)さんと小西博之(こにしひろゆき)さんの出会いは、1982年「欽ちゃんの週刊欽曜日」で共演したこと。

 

小西博之さんはドラマ「金曜日の妻たちへⅡ」に出演し、一気にスターへの階段をかけあがりました。完全に天狗になっていた小西博之さんを、唯一注意できたのが清水由貴子さんでした。

 

1985年、「欽ちゃんの週刊欽曜日」が終了。2人はその後も舞台共演でたびたび顔を合わせ、関係は変わらず続きました。

 

小西博之 末期の腎臓がんに…

しかし2004年10月、小西博之さんに末期の腎臓がんが発覚。通常、腎臓がんは3~4cmの段階で見つかることが多いのですが、小西博之さんの腫瘍は20cmにまで肥大。腎臓の上にある脾臓までをも圧迫し、いつ破裂して死んでもおかしくない状態でした。

 

2005年2月、小西博之さんは手術を受け腫瘍は無事に摘出されました。

 

ところが2006年、小西博之さんは長年連れ添った妻と離婚。芸能界での仕事も激減していきました。

 

生きることに必死だった小西博之さんは、清水由貴子さんに連絡することもなく疎遠状態になっていました。

 

清水由貴子の自殺

2009年4月22日、清水由貴子さんは自殺。自殺の裏にあったのは介護うつでした。

 

実は清水由貴子さんが育った家庭環境は、恵まれているとはいいがたいものでした。父は9歳の時に他界。残された母は生活保護を受けるほど病弱で、しかも8歳離れた妹がいました。責任感の強かった清水由貴子さんは、自分が稼いで家族を支えなければと芸能界に飛び込んだのです。

 

清水由貴子さんは稼ぎを母の入院費、治療費、妹の世話に当てていたと言います。

 

2007年、清水由貴子さんは芸能界をひっそりと引退。理由は母の病状の悪化でした。報道によると、母親は要介護5の車椅子生活。白内障で視力はほぼゼロ。認知症も併発するなど苦しい状況になっていました。

 

清水由貴子さんは、時間の都合がつきやすいテレフォンアポインターのパートをしながら母の介護をしていました。壮絶な介護を一人で抱え込み、誰にも弱音を吐かなかった清水由貴子さん。気力は限界を超え、ついには自殺願望にさいなまれ自ら命を絶ってしまいました。

 

小西博之の後悔

「1回でも電話していれば」「苦しさを聞いてあげていれば」と小西博之さんはずっと後悔していると言います。

 

今年の4月で7回忌を迎えた清水由貴子さん。小西博之さんは初めて清水由貴子さんのお墓を訪れました。

 

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