ジョルジョ・モランディ|日曜美術館

NHK・Eテレの「日曜美術館」で埃まで描いた男 ~不思議な画家 モランディ~が放送されました。テーブルの上に置かれたビン、缶、水差し。私たちが普段目にするごく日常的なものばかり半世紀近く描き続けた画家がいました。ジョルジョ・モランディです。20世紀イタリアを代表する画家です。世界中に多くのファンを持ち、ホワイトハウスにもオバマ大統領が選んだ静物画が飾られていると言います。

 

モランディは20歳の時に家族と簡素なアパートに移り住み、半世紀以上そこで暮らしました。モランディは住む家や持ち物に対して所有欲はありませんでした。ただ、物との完全な一体感を目指していました。一度、周囲の物と一体化してしまうと、それが宇宙だろうと山や家やベッドだろうと、もはや離れることはできなかったのです。

 

1890年、ボローニャで生まれたモランディは、17歳でボローニャ美術アカデミーに入学しました。イタリア各地を訪れルネサンス美術を熱心に研究し、ジョットやピエロ・デッラ・フランチェスカを神のように崇めました。モランディに最も影響を与えた画家はフランス印象派の巨匠セザンヌです。レンブラントの銅版画の技法も深く学びました。1930年代、次第に名声が高まりモランディは母校の美術アカデミーの教授にむかえられました。生徒たちには版画の技法を熱心に教えたと言います。生涯独身のまま母と3人の妹たちと共に人生のほとんどをボローニャの借家で過ごしました。口癖は「静かに仕事をさせてくれ」でした。

 

モランディは同じモチーフを一か所にまとめたり、一列に並べたり、果てしなく組み換えながら多くの作品を描きました。構図や色彩が少しだけ異なる絵たち。しかし、モランディはそのわずかな違いに心血を注いでいました。

「絵の一点一点がごくわずかな変奏になるように構想して来たのです」(モランディ)

モランディは物の配置を変えたり光を調節したり、埃に執着することで好みの色彩や構図を試していました。

 

モランディ一家はグリッツアーナで夏を過ごしていました。なぜこの土地なのかと問われて妹は「兄はあまり目立たないものが好きだったからよ」と答えたと言います。長い事借家住まいだったモランディは晩年にグリッツアーナに土地を買い、一軒の家を建てました。勤勉な画家は村の暮らしの中でも絵筆を放しませんでした。モランディは窓から双眼鏡で景色を眺め、それを切り取り引き寄せ吟味。形や大きさ、明るさをつかむために望遠レンズを用いて、あえて空間を平坦にして描きました。モランディにとって村の風景もアトリエのビンや壺も等しく愛おしい存在だったのかもしれません。


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