大久保清事件 45年目の真実|あの事件の知らなかったコト

テレビ東京の「証言者がスクープの裏側を激白!あの事件の知らなかったコト」で殺人鬼・大久保清事件について放送されました。1971年3月からの2ヶ月間で、群馬県で16歳~21歳の女性が次々と姿を消しました。そして5月、またもOLが失踪。このとき、彼女の自転車についた指紋を消そうとしていた装飾品セールスマンの男が逮捕されました。大久保清(おおくぼきよし)は、わずか41日間という短期間で127人の女性を車に誘い、うち8人を殺害。失踪した女性たちを殺めた稀代の殺人鬼です。その殺人鬼を完落ちまで取調べを続けた一人の刑事がいます。それが落合貞夫さん(85歳)です。

 

そもそも127人もの女性を大久保清はいかにして誘ったのでしょうか?当時の群馬では珍しい最先端のファッションにスポーツカー、大久保清はフランス帰りの画家を装っていました。女性のタイプによって巧みに嘘をでっちあげました。例えば、ファッショナブルな女性なら「絵のモデルになっていただけませんか?」と。フランス語混じりの会話に画家をアピールするベレー帽とスポーツカーがトレードマークでした。ターゲットは学生やOLと若い女性ばかりでした。そして女性を信用させる小道具として、車には洋書や美術品がおかれていました。当時はまだお見合い結婚の割合が高く、誰もが恋愛に憧れていた時代。柔らかな物腰と知的な会話は女性たちを夢見心地にしました。実際、3人に1人は大久保清の車に乗ったと言います。被害に遭わなかった女性の中には「優しい人だった」と言っている人もいたそうです。しかし、夜になる大久保清は豹変し、人気のない所へ連れ出しては強姦し、これで自分たちは恋人だと悦に入りました。そんな大久保清を激高させ殺人に走らせたのが、大久保清の存在を否定する言葉でした。

 

芸術家の仮面をかぶった連続強姦殺人鬼の素顔は前科6犯、無職で妻子とは別居中でした。親に甘えて買い与えられたスポーツカーを乗り回し、ガールハントのため1日に平均160kmも走っていました。そんな凶悪犯罪者の巧みな嘘に翻弄されたのは女性だけではありませんでした。何と警察までもが大久保清の嘘に翻弄され証拠不十分で釈放というところまで追い込まれていたのです。

 

目撃証言から大久保清を逮捕した警察。取り調べを進めると、意外にもあっさりと殺害を自供。しかし死体の場所を言うことはありませんでした。実際に大久保清の自供をもとに県内外5000か所で遺体捜索が行われました。出動した警察官はのべ3000人以上。しかし、遺体は出てきませんでした。全て大久保清の嘘だったのです。DNA型鑑定など科学捜査もなかった当時、遺体を遺棄した場所を二転三転させ警察までも翻弄。いくら自供しても物的証拠となる遺体が出なければ証拠不十分で釈放の可能性も出てきます。大久保清は全てわかった上で嘘の自供をしていたのです。遺体の場所を自白する気配は一切なかった大久保清ですが、一人の刑事の言葉が事態を一転させました。

 

逮捕から2週間が経とうとしていた1971年5月26日、落合貞夫さんは供述を取ろうとはせず、つぶやきました。

「いつかある日 山で死んだら 古い友よ 伝えておくれ 俺は男らしく死んだと」

すると突然、大久保清は大声で泣きだしました。大久保清の詩だったからです。落合貞夫さんは大久保清が一番認めて欲しいものは何かをずっと探していました。その答えが彼の詩集だったのです。落合貞夫さんは大久保清の才能を褒め、自供を促したのです。すると、ずっと自白を拒んでいた凶悪犯が真実を話し始めました。

言葉で自分の存在を否定した女性たちを殺め続けた殺人鬼。その存在を認めてくれた言葉に彼は落ちたのです。




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