空気タンクなどを使わずに水中にもぐる素潜りの限界は一般的な成人男性で5m、アワビ漁などを行う海女さんでも10m程とされています。しかし、世界にはとんでもない超人がいます。
バジャウ族は通称「海底の遊牧民」と呼ばれる民族です。彼らが潜るのは水深40mです。
水深40mで人体には何が起きるのか?
東洋海洋大学の藤本浩一さんによると、水深40mでは肺の組織が破れてしまう可能性があると言います。
人間の肺は水に潜ると水圧で中の空気が押しつぶされ縮みます。深く潜るほど小さくなり水深40mでは肺は陸上の5分の1に。この圧縮に耐えられず肺の組織が大きなダメージを受けてしまいます。
バジャウ族には常人を超える謎の力があるのでしょうか?
海上で暮らすバジャウ族
バジャウ族は、フィリピンのミンダナオ島の水上集落で暮らしています。集落が出来たのは約100年前。先祖代々、海の上で生まれ海の上で一生を終えてきました。
そんなバジャウ族にとっては陸上よりも海が安全なのだと言います。仕事はもちろん漁です。獲れた獲物を売り生計を立てています。
村一番の素潜り名人がバオバオさん(22歳)です。身長169cm体重66kgと見た目には普通の青年です。バジャウ族が身に着けるのは手作りの水中メガネだけ。そして獲物を仕留めるのが水中銃。1回につき平均潜水時間は2分。1日に4~5時間行っています。
潜る前には不思議な呼吸を行います。始めは細かい呼吸を繰り返し、最後は大きく息を吸ってから潜ります。肺には空気がたっぷり入っているはずですが、なぜ浮かばずに歩けるのでしょうか?
実はこれは潜水用語でフリーフォールと呼ばれる現象です。肺に空気がある状態で潜ると浅いところでは浮力が働きますが、深く潜ると肺の中の空気は水圧で小さくなります。すると浮力も弱まり体が浮かばなくなるのです。体が浮くか沈むかの境界線は水深10~15mとされています。つまり水深40mの世界では体は浮かないのです。
バジャウ族の独特な呼吸法は「ハイパーベンチレーション」と呼ばれる呼吸法に似ていると藤本さんは言います。ハイパーベンチレーションとは、体内の二酸化炭素を速い呼吸で追い出す呼吸法です。これにより息苦しさを感じにくくなり、息を長く止めることができます。息を止めると苦しくなるのは体内の二酸化炭素が増えることによります。
この呼吸法はバジャウ族に代々受け継がれてきたもの。潜る時には誰もが行っています。しかし、実は危険な面もあると言います。ハンパーベンチレーションにより、苦しくなるまでの時間は長くなりますが、体内の酸素が減る時間は変わりません。そのため苦しいと思って水面に戻る前に酸素がなくなって失神する状況が起こってしまうのです。
バジャウ族はロープを使うことで水面に戻る時間を短縮。万が一の事態でもすぐに救助できるようにしているのです。
どれくらい息を止められるのか?
普通の人の平均的な息止め時間は1分~1分30秒ですが、バオバオさんは2分39秒でした。酸素濃度は81%まで低下していました。これは普通の人なら意識が朦朧とする数値です。
バオバオさんは常人よりも長く息を止められるうえ、酸素が少ない状態にも耐えられることが分かりました。
水深40mの水圧でなぜ肺が傷つかないのか?
X線で検査をするとバオバオさんの肺は非常に大きいことが分かりました。さらに肺活量は6060ml(標準値4220ml)でした。
バオバオさんの肺は漁の間、海の水圧で非常に小さく縮み、海から上がると元に戻るのを繰り返しています。このとき肺の周りの筋肉はまるでストレッチをしているような状態。自然と筋肉が柔らかくなり肺の伸び縮みの幅が広がったと考えられます。
40mの水圧に耐えられるのも、この柔らかい筋肉で常人より肺を小さくできるからです。
なぜ常人よりも長く息を止められるのか?
バオバオさんはヘモグロビンが普通の人よりも濃いことが判明。血液の中で酸素とくっつき全身へ送る役割をになうヘモグロビン。ヘモグロビンが多いことで体内に蓄えられる酸素も多くなります。そのため長く息を止めることが出来るのです。
人間の体には酸素不足が続くと自らヘモグロビンを増やそうとする機能があります。バオバオさんは長年漁を続けることで体質が変化。ヘモグロビンが多くなったと考えられます。
遺伝子は関係するのか?
アディポネクチンは体内の脂肪細胞から分泌されるホルモンで、主な働きは血液の流れをスムーズにし動脈硬化や高血圧を予防する働きがあります。実はこの働きがヘモグロビンが多いバオバオさんにとって大きな助けになっていると言います。
ヘモグロビンが濃い血液は粘り気が多く、流れにくいとされ血管の壁を傷つけ詰まってしまうことがあります。しかし、アディポネクチンには傷ついた壁を修復したり血管を拡張する働きがあるとされ血液の流れがスムーズになると言います。
バオバオさんはアディポネクチン量は正常値より高いことが判明。遺伝的に血管がつまりにくい体質だと考えられます。さらに、これはイルカやクジラなど海に潜る海洋哺乳類に共通した特徴です。
結論
長年、海に潜り続けることで水圧に耐えられる柔軟性のある肺が作られ酸素を多く取り込める体に変化。さらには、遺伝的に血管が詰まりにくい体質までかねそなえていたのです。
「世界超人体ミステリー」
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