ママたちが非常事態!?最新科学で迫るニッポンの子育て|NHKスペシャル

女性が母になる時、脳に驚くべき変化が起きることがアメリカの最新研究で明らかになりました。出産後、脳の30か所以上もの場所が肥大し、子育ての能力が高まっていることがつきとめられたのです。

子育てのために脳まで大変化させる母親ですが、日本で母親たちに非常事態が起きています。

出産をきっかけとした産後うつの発症率は、一般的なうつの5倍以上。ある調査によれば、日本の母親の7割が子育てで孤立を感じていると言います。ママたちが抱える苦悩は、なぜかわき上がる不安や孤独感です。子育てがうまく行かないのは自分のせいではないかという苦しみや、助け合いたいはずの夫に対してなぜかイライラしてしまうのです。

育児中の母親のストレスを計測してみると、ストレスのかかる状態が一日中続いていました。救いを求めて母親たちが次々と繋がり合うママ友は、世界で日本だけの特殊な社会現象だと言います。今、日本の母親たちに何が起きているのでしょうか?

止まらない不安と孤独

今やママ友は近所のお母さん同士の交流にとどまらず、インターネットを通じた見知らぬ人たちとの繋がりも広がっています。

そんなママ友たちとの交流を楽しんでいる有留麻依子さんは、1歳の女の子のお母さんです。有留さんのスケジュールは連日、ママたちとの予定でいっぱいです。夫は仕事が忙しく、毎日夜遅くまで帰ってきません。一人きりでいると心に浮かぶのは不安ばかりだと言います。

有留さんは、不安と孤独に耐えられず医師に相談し、薬にも頼るようになりました。調査によれば子育てで孤立を感じているママたちは7割。なぜこれほど不安と孤独にさいなまれるのでしょうか?

その原因のカギを握るのは、女性の卵巣の中で分泌されるエストロゲンというホルモンです。エストロゲンは妊娠中に分泌量がどんどん増えていきますが、出産すると急激に減少します。すると、母親の脳では神経細胞の働き方が変わり、強い不安や孤独を感じやすくなるのです。

こんな迷惑な仕組みは、なんのために備わっているのでしょうか?

カギは人類進化に!?

京都大学霊長類研究所教授の松沢哲郎さんは、世界的なチンパンジーの研究者です。人間に最も近い類人猿チンパンジーは、子育ても人間と似ています。子供が独り立ちするまでの5年間、母親は子につきっきりで世話をします。それでも人間とは違って孤独感に苦しんだりはしません。

進化の歴史をさかのぼると、人間とチンパンジーが共通の祖先から分かれたのは約700万年前。この分かれ目の頃、人類の育児に何かが起きたと松沢さんは考えています。

人類 太古の子育て

カメルーンに暮らすバカ族は、9家族55人でジャングルで狩りをしたり木の実を採取したり、太古の人類の生活スタイルを今も受け継いでいます。

たくさんの子供を次々と産むのは、チンパンジーとは違う人間の特徴です。チンパンジーは、我が子の育児にかかりきりの5年間、次の子供を妊娠することができません

一方、人間は進化の過程で、毎年でも子供が産める体へと変化を遂げました。そのおかげで人間は多くの子孫を残し、繁栄することが出来たのです。

しかし、それには育児をしながらでも次々と出産できる仕組みが必要です。そのために太古の人類が編み出した育児スタイルが、今なおバカ族に残っています。

産まれて間もない我が子を他人に任せるのは、動物の中でも人間だけです。共同で養育するという独自の子育て術を編み出したことで人間は次々と子供を産み、育てられるようになったのです。

母親に宿る「本能」

出産直後にエストロゲンが激減し、不安や孤独を感じさせる仕組みは、もともと母親に共同養育を促すためのものだったとも考えられています。出産後に母親が不安や孤独を感じれば、自ずと仲間と一緒に子育てをしたい気持ちが強まるからです。今もなお母親たちの体には共同養育の本能がすりこまれています。

しかし、核家族率が8割にものぼる現代の日本は共同養育とは程遠い育児環境です。唯一の共同養育仲間は夫ですが、育児や家事に参加する時間は欧米に比べて短いです。また、ベビーシッターなど共同養育の現代版といえるサービスも日本ではほとんど利用されていません。

本能的な共同養育の欲求と、それが叶わない日本の育児環境。その大きな溝がママ友と繋がりたい衝動や孤独感にママたちを駆り立てていると考えられるのです。

赤ちゃんの不思議

出産後のママたちをまず苦しめるのが激しい夜泣きです。夜通し泣き続ける我が子に、夜泣きがひどいのは自分のせいでは?と思う母親も少なくありません。

しかし、最新科学は赤ちゃんの激しい夜泣きにも理由があることを突き止めました。

胎児は、昼も夜も浅い眠りと深い眠りを繰り返します。そして、昼より夜の方が頻繁に目を覚ますのです。目覚めている間の胎児は、活動量が多く母親の血液から多くの酸素を奪います。母体に負担をかけないよう母親が寝ている夜間に目を覚ます睡眠リズムになっているのです。

ところが、やっかいなことに胎児ならではの睡眠リズムは産まれた後もしばらく変わりません。それが夜泣きの原因です。胎児が母親を守ろうとする仕組みが出産後にママたちを苦しめていたのです。

実は夜泣きする動物は人間だけです。動物は産まれた時から脳が発達して睡眠リズムなども大人と変わりません。ところが人間の場合、産まれた時の脳の重さは大人の3分の1程度。なぜ、そんな未熟な状態で産まれてくるのでしょうか?

その理由は人類が二足歩行を始めた700万年前までさかのぼります。二本の足で真っ直ぐ立ったことで骨盤の形が変わり、産道が狭くなりました。胎児は産道を通り抜けられるよう脳が未熟で小さいうちに産まれてこなければならなくなったのです。

その後、人間の脳は10年以上もかけてゆっくりと成長していきます。その過程で夜泣きなど不可解な行動がさまざま引き起こされるのです。

中でも最もママたちを苦しめるのが、2歳頃から始まるイヤイヤ期です。

イヤイヤ脳の秘密

イヤイヤ期の子供は、目先の欲求を我慢することが難しいです。我慢ができない理由は脳の働きにあります。

イヤイヤ期が終わった子供の脳は我慢をしている間、前頭前野が活発に働きますが、イヤイヤ期の子供の脳は我慢しようとしても前頭前野があまり働きません。

前頭前野は欲求を抑える抑制機能を担っています。本能的な欲求は脳の中心部分で生み出されます。ところが、表層にある前頭前野が発達していないと、それを抑えることができません。これがイヤイヤの正体です。

やがて脳が発達し前頭前野が活動を始めると、イヤイヤ行動は次第におさまっていきます。ママを苦しめる悩ましい行動は、未熟な脳がゆっくりと育っていく過程なのです。

母性が生まれる秘密

バカ族は、幼い子供たちも子育てを手伝うのが習わしです。こうした経験がやがて母親になるための準備になっていることが最新の研究で確かめられました。

母性は生まれつきのものではなく、色々な体験をするなかでスイッチが入り、自分が妊娠して出産することによって本格的に母性が活動を始めるのです。出産前に赤ちゃんと触れ合う機会がほとんどない現代のママたちは戸惑って当然なのです。

夫にイラつく理由

子育て家庭の離婚件数をみると、離婚が多いのは子供が0~2歳の産後間もない時期です。この頃ママたちが感じやすいのは夫への強いイライラです。

玉田ます実さんは、3ヶ月の男の子を育てていますが、夫の行動にいちいちストレスを感じてしまうと言います。子供が産まれるまではとても気の合う二人でした。ところが、出産後は夫婦の会話もめっきり少なくなり、夫も妻の変化に戸惑っています。

実はこの妻のイライラは、出産後に母親の体内で放出されるオキシトシンというホルモンが引き起こしていることが明らかになってきました。

オキシトシンには、筋肉を収縮させる作用があります。子供を産む時、オキシトシンが大量に分泌され子宮を収縮させて出産を促します。産後、授乳のさいにもオキシトシンは大量に出て乳腺を収縮させ母乳を出します。

興味深いのはオキシトシンが持つもう一つの作用です。直接脳にも働きかけ、我が子やパートナーへの愛情を深める作用があるのです。子供と触れ合う時にもオキシトシンが分泌され愛情を強めることが知られています。

しかし、オキシトシンは愛情を深めると同時に、攻撃性を高める作用もあります。相手から少しでも快いものが与えられると、それがオキシトシンの働きで強められ愛情が深まり、逆に少しでも不快なストレスが与えられると攻撃的になります。

こうしてオキシトシンの多い育児中の母親は、少しの快や不快でも感情が大きく揺れ動くと考えられます。

そのため、例え夫でも育児に非協力的だと攻撃の対象になり、夫婦関係の破綻を招くことがあるのです。

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