患者たちに次々と笑顔をもたらす全く新しい第4のがん治療を生んだのが久留米大学医学部教授の伊東恭悟(いとうきょうご)さんです。
肺にがんを患い現在も闘病生活を送る米農家の久家幸雄さんは、1年半前に治療に来た段階でがんは骨にも転移し、手術や抗がん剤では効果的な治療は望めない状態でした。ところが、久家さんは第4のがん治療によってがん細胞の増殖が抑えられています。抗がん剤のようなつらい副作用もほとんどなく、患者が日帰りすることができ通常の日常生活が送れます。
第4のがん治療というのはワクチン治療。本来体が持つ免疫力を高める治療法なので患者への負担が少なくてすみます。
そこで伊東恭悟さんが注目したのが、がん細胞が持つペプチドという目印。このペプチドを使ったワクチンを投与すると、キラーT細胞ががん細胞が大量にやってきたと勘違いし仲間を増やします。結果、この目印を持つがん細胞に一斉攻撃することになります。
注目すべきは4本のワクチンを打つこと。ここに伊東恭悟さんのがんを封じ込める秘策があります。
実はがん細胞は個人個人、その形状は千差万別。そのため一種類のワクチンではとても対応ができません。
そこで伊東恭悟さんが開発したのが31種類ものワクチン。その全種類を解析マシーンにかけどのワクチンが患者のがんに有効か事前に調べ上げます。そして患者に効く4つのワクチンを割り出し同時に注射。患者の免疫力アップに繋げようというのです。
世界でも類を見ないその名は「テーラーメイド ペプチド ワクチン」。それは多くの患者に生きる力を与えています。
それでも伊東恭悟さんを頼ってくる患者は後を絶ちません。
伊東恭悟さんのキャリアのスタートは外科医でした。しかし、手術をしても再発する患者を前に「がんに勝つにはがん細胞そのものを知り尽くすしかない」と思いました。伊東恭悟さんはメスを試験管に持ち替え免疫学者の道を歩み始めました。
やがて、留学先のアメリカでがんを攻撃するキラーT細胞と出会い、いっそう研究にのめりこみました。
1992年に帰国し久留米大学でがんワクチン研究が始まりました。着実な成果を上げていく影には常に涙ぐましい努力がありました。5年かけてがんの目印となるペプチドを1000種類も発見。そこから31種類のがんワクチンを開発しました。
ところが、ワクチンを打っても効かなくなるケースがありました。伊東恭悟さんのがんワクチンはがん細胞が持つ目印と同じものを打つことでキラーT細胞を活性化させていきます。しかし、がんは自らその目印を変えることでワクチンの効果から逃れ再び増殖していたのです。ならばと伊東恭悟さんは2回目にワクチンを打つ時にその変化を予想し、別の組み合わせで打つことにしました。
2001年、伊東恭悟さんはこの戦法で共同研究者の野口正典さんと前立腺がんが骨まで転移している患者と向き合いました。伊東恭悟さんは何度もワクチンの種類を変えながら挑み続けました。すると5年後、全身に広がろうとしていたがんが画像から消えたのです。
伊東恭悟さんのがんワクチンは患者一人一人に合わせたものを打つ画期的な方法でしたが、これが臨床試験の資金を集める時に大きな壁になってしまいました。患者に合わせて薬を変えるのは非効率的と資金が思うように集まらなかったのです。
伊東恭悟さんは夫婦の老後のためにと積み立てていた貯金を切り崩しました。それはやがて生活費を圧迫する程に。そのため伊東恭悟さんは当直のアルバイトに出るようになりました。
やがて資金が集まり2013年7月、世界初のがんワクチンセンターが完成。伊東恭悟さんの心にいつもあるのは家族への感謝だと言います。
今、伊東恭悟さんが挑むのは治療に困難を極める膠芽腫(こうがしゅ)、脳腫瘍の一つです。きわめて悪性度が高く5年生存率はわずか6%。患者数は年間1200人と少ないです。患者数が少ないと研究は進まないからこそ伊東恭悟さんは挑むのだと言います。
「夢の扉+」
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