コミューン「難聴者にも聞こえるスピーカー」|夢の扉+

現在、難聴者は世界に5億人。その数は2025年には9億人に増えるとも言われています。これまでは補聴器をつけることで聞く側が対処していました。その発想を逆転。話す側が難聴者を支援できるスピーカーが誕生したのです。

軽度から中等度の難聴者の9割に効果があるというスピーカーは、特別音が大きいわけではないのになぜなのでしょうか?開発したのはユニバーサル・サウンドデザイン代表の中石真一路(なかいししんいちろう)さんです。

くぐもって聞こえる難聴者にとって大きな音は有効ではありません。そこで中石真一路さんは普通の音の大きさでも難聴者が明瞭に聞き取れるスピーカー「コミューン」を開発。医療機関や学校などに導入され始めています。

マイクに向かって普通に話せばスピーカーから難聴者に明瞭な音声が届きます。スピーカーとの距離は80cmまで離れていても大丈夫です。通常のスピーカーと一体何が違うのでしょうか?

コミューンは普通のスピーカーに比べ子音にあたる1000Hzを境に音の圧力が上がっています。聞き取りにくい子音が大きく出るので音が聞き取りやすくなっているのです。また通常のスピーカーは音が拡散してしまいますが、コミューンは直進性が強く高い音圧を真っ直ぐに伝えるため聞き取りやすいのです。

難聴者のコミュニーケションをバリアフリーにしたいという中石真一路さんの思いの裏には、祖母を手助けできなかった悔しさがありました。かつて、中石真一路さんは大手レコード会社で次世代スピーカーの開発をしていました。

そこで出会ったのが音響工学のスペシャリストである慶応義塾大学環境情報学部教授の武藤佳恭さんが開発した100m先まで音を飛ばすことが出来るというスズムシスピーカー。スズムシの美しい音色を奏でる反った羽の原理を利用すると、難聴者にも聞き取りやすくなることを偶然発見したのです。中石真一路さんは武藤教授の話に衝撃を受けたと言います。

難聴者でも聞こえるスピーカーを追及したいと思うようになったきっかけは、亡き祖母でした。毎晩、食卓で祖母の隣に座り、その日あった出来事を話すのが日課だった中石真一路さん。ところが、いつの頃からか話しかけても返事が返ってこなくなりました。すっかり耳が遠くなった祖母はふさぎがちになり、一人で食事をすることが増えていきました。

祖母のような人の力になりたいと、中石真一路さんは難聴者用のスピーカーの開発をしたいと会社に訴えました。しかし、「なぜレコード会社が難聴者のためのスピーカーを作るんだ?」と言われてしまいました。

中石真一路さんは大手レコード会社という地位を捨て、夢を選びました。起業して新たなスピーカー開発を始めたのです。これまでの音楽を聴くためのスピーカーに対し、目指したのは言葉を聞き取ることに特化したスピーカーです。

ベースの技術は、スズムシをヒントにした武藤教授の原理。さらに振動版に着目。通常、スピーカーの振動版は紙で出来ています。中石真一路さんはもっと音を明瞭に出せる方法があるのでは?と考えました。そして様々な素材で試作を繰り返しました。

2年に及ぶ試行錯誤の末、中石真一路さんはある素材を使った振動版にたどり着きました。それはアルミ。アルミ製の振動版を蜂の巣構造にすることで人の声がよりクリアになることを発見したのです。

やっと形になった夢のスピーカーですが、実際に使ってもらうと大不評でした。それは「いかにも大きな音が出そうで側に置きたくない」という声でした。難聴者たちは音ではなくデザインに抵抗を示したのです。

中石真一路さんはスピーカーの形状を一から見直し、使わない時は卵型のオブジェ、使う時もスピーカーらしからぬデザインで心の壁を取り払いました。こうしてコミューンは完成したのです。

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