現在、世界の食糧生産の4割は灌漑農地が支えています。そのうち、4分の1が塩分がたまってしまう塩類集積の被害を受けていると言われています。さらに、毎年150万ヘクタールの農地が塩類集積によって失われているという報告もあります。
このまま有効な対策をとらずにいると、50年後には50%の農地が塩類集積地になってしまうとも言われています。国連は2015年を国際土壌年と決め、世界で協力して何とかしようとしています。
土壌を劣化させる塩類集積
自然界の水には海水でなくても微量の塩分が含まれています。乾燥地帯は川や湖から水を引っ張ってくる必要があります。
ところが、それを行いすぎると水が地下に浸透し、微量の塩分を含んだ地下水が上に上がってきます。しまいには地下水が表面にまで上がってきてしまい蒸発。後には塩分が残ってしまうのです。
深刻な塩類集積の実態
鳥取大学乾燥地研究センターの北村義信さんは、世界各地の塩類集積とその対策について研究を続けています。
中央アジアの湖アラル海流域に広がる灌漑農地の面積は、800万ヘクタールですが、そのうち4割もの農地で塩類集積が起きています。北村さんが調査に入ったカザフスタン・クジルオルダ州の農地は、塩類集積によって農地として使えなくなってしまいました。農地は次々と失われ、米の収穫量は4年間で半減。
こうした塩類集積の広がりを、土壌の回復工事だけで防ぐには限界があります。
日本で起きた塩害と耐塩性作物開発
宮城県石巻市は、津波で堤防が崩され入り込んだ海水がたまったままとなっていました。宮城県で津波の被害を受けた農地は1万4000ヘクタール以上。被災地の中で最も大きな被害となりました。これまで、8割の農地が復旧しましたが、塩分を除去する工事には20億円もかかっています。
こうした事態をうけ、塩分に強い作物の開発が始まっています。岩手生物工学センターでは、耐塩性を持ったイネの試験栽培が行われています。開発が始まったのは震災の2ヵ月後。
まずは6000種類ものひとめぼれの突然変異体の種を塩水に蒔きました。その中からたった一つ生き残ったものと通常のひとめぼれとの交配を重ねて完成にこぎつけたのです。なぜ耐塩性を獲得できたのでしょうか?
遺伝子の配列を読み解くとHKT1というたんぱく質が、通常のひとめぼれの2倍以上も多く存在していることが分かりました。HKT1はナトリウムを細胞内に取り込むたんぱく質です。
ナトリウムを取り込むHKT1のメカニズムとは?
東北大学大学院工学研究科の魚住信之さんは、10年前にHKT1と耐塩性の関係を解き明かしました。魚住さんが注目したのは、塩害の原因となるナトリウムを取り込むHKT1のような輸送体がなぜ存在するのかでした。
そこで、HKT1を人工的に失わせた植物を作り塩水に浸してみたのです。HKT1がなければナトリウムを取り込まなくなるため耐塩性が高まるはずだと考えた魚住さんですが、予想とは反対にHKT1を失った植物の方が成長が悪くなってしまったのです。
根から吸収した水分などは導管と呼ばれる管を通ります。HKT1はその導管の隣にある細胞の膜にあらわれ、根から吸収されたナトリウムを細胞内に取り込みます。ところが、HKT1を失った植物の体内では、根から吸収されたナトリウムが細胞内に取り込まれないため、導管にたまった状態になっていました。
このことから、魚住さんはHKT1が果たしている役割について、浸透圧のバランスをとっている可能性を導きだしたのです。水分は浸透圧が高いほど、つまり塩分濃度が高い方に流れていきます。導管にナトリウムが入ってきた場合、そのままだと細胞内の水分が導管の方に流れて細胞は脱水状態になってしまいます。
ところが、HKT1があるとナトリウムを細胞内に取り込むため浸透圧のバランスが保たれ細胞が脱水しないですみます。これがHKT1の役割ではないかと考えたのです。
日本で大発見!ナトリウムを排除するメカニズム
東京農業大学の樋口恭子さんは、植物に取り込まれた物質の働きについて研究しています。使ったのはヨシ。イネは塩分に弱いのに、同じ仲間のヨシはなぜ塩分濃度の高い土壌で育つのか。樋口さんは、ヨシがナトリウムを排除する何らかの仕組みを持っているのではないかと考えました。
植物には、根っこから水分を取り込むための導管と、葉などで作られた栄養分を隅々に運ぶ師管があります。ヨシの茎の付け根の細胞は、導管と師管を使ってナトリウムを排出していると考えました。そこでは、HKT1のような輸送体がナトリウムを取り込み排出して根の先に送り返していると樋口さんたちは推測しました。
「サイエンスZERO(ゼロ)」
食糧危機の切り札!?耐塩性作物
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