国土の約7割を森林が占める日本。この木材から作られた画期的な新素材が注目を集めています。それがセルロースナノファイバー(CNF)です。何がすごいかと言うと、乾燥させ板状にしただけでとても強い素材に早変わり。鉄の5分の1の重さで強度は5倍にもなります。
セルロースナノファイバーの原料はパルプ、植物由来です。素材の革命が起きるのではないかと言われています。
人類は色んな素材を開発してきました。19世紀が鉄の時代、20世紀がプラスチックの時代です。そして21世紀が植物、セルロースナノファイバーの時代になるかもしれないのです。
セルロースナノファイバー 強さの秘密
京都大学生存圏研究所の矢野浩之(やのひろゆき)教授は、長年木材の持つ可能性について研究してきました。セルロースナノファイバーを作る基本的な行程は、まずパルプと水をミキサーに入れて細かくします。次に砥石を使ってさらに細かくしていきます。こうして出来上がった水溶液にはセルロースナノファイバーがたっぷりと含まれています。それにしても、なぜパルプを細かくほぐすだけで紙とはけた違いの強さを生み出せるのでしょうか?
紙はパルプの太い繊維が集まってできているため、結合点が少なく隙間が多いです。ところが、この太い繊維をナノサイズまで細かく分解すると結合点の数が数万倍に増加。細かくなった繊維同士が絡み合うことで鉄をしのぐ強さになるのです。人の手によって植物の持つ可能性を最大限に引き出したのがセルロースナノファイバーなのです。
セルロースナノファイバーは植物が細胞の壁を強くするために長い進化の過程で獲得した構造です。なのでセルロースナノファイバー自体はとても強い細い繊維です。細くしていくといろいろなところで繊維同士が結合してからんで、セルロースナノファイバーが持っている強さがちゃんと出てくるようになる。
(矢野浩之さん)
しかし、製造コストは鋼鉄が1kgあたり50~200円、アルミニウム合金が400円、プラスチックが200~1000円なのに対し、セルロースナノファイバーは5000~10000円もかかります。
そんな中、実用化に向けて一歩踏み出した日本人研究者がいます。東京大学の磯貝明(いそがいあきら)教授たちはセルロースナノファイバーを簡単に取り出す方法を発見しました。磯貝さんたちが利用したのは電荷の力です。
パルプの水溶液にマイナスの電荷を持たせる特殊な薬品を入れて化学反応させました。するとマイナスの電荷を帯びた繊維同士が互いに反発しあいます。この力を利用してほぐしていくのです。
この方法によってセルロースナノファイバーを簡単かつ大量に取り出すことが出来るようになりました。これにより製造コストは1kgあたり1000円程になりました。
セルロースナノファイバーで車を作れ!
現在、矢野浩之さんは自動車のボディに使われている鉄をセルロースナノファイバーにおきかえる研究を進めています。ところが、セルロースナノファイバーは乾燥させるさいに大きさが10分の1に収縮し、大きく変形してしまいます。そのため車のボディのような複雑な形に加工することが困難でした。
そこで矢野浩之さんはセルロースナノファイバーに収縮しづらいプラスチックを混ぜることで加工しやすく、かつ丈夫な材料を作り出そうと考えました。いくつもの条件を試したところ、プラスチックにセルロースナノファイバーを10%だけ混ぜると鉄より軽く同じ強度を出せることが確かめられました。ドアやボンネットをこの素材に置き換えることで、車の重さを20%軽量化。その結果、燃費も20%向上できると期待しています。
しかし、セルロースナノファイバーとプラスチックを混ぜ合わせるには解決しなければいけない大きな問題がありました。プラスチックは石油から作られているので油のような性質で、セルロースナノファイバーは植物の中で作らるものなので水と仲のいい繊維です。そのため全く馴染まないのです。
そこで矢野さんが行ったのが、セルロースナノファイバーの原料となるパルプに特殊な化学処理を施すことでした。パルプの繊維はセルロースからできています。セルロースには水と親和性が高い水酸基と呼ばれる部分があります。これがプラスチックと混ざりにくい原因となっていました。そこで、水酸基を油と親和性のある物質に置き換えたのです。すると見事、プラスチックと均一に混ざることが確認できました。
さらに、思わぬ効果もありました。セルロースナノファイバー同士は水酸基を使って強く結合しています。化学処理によって水酸基を取り除いたため、セルロースナノファイバー同士が結合できなくなったのです。その結果、プラスチックと混ぜ合わせるさいに自然とセルロースナノファイバーの状態にほどけてくれれることが分かりました。セルロースナノファイバーを作る手間が省けたことで、製造コストを従来の10分の1におさえることに成功しました。
チクソ性を生かした商品開発
三菱鉛筆は、セルロースナノファイバーの高いチクソ性を生かした画期的なボールペンを発売しました。
従来のボールペンはかすれたり、逆にインクがかたまりで出てきたりしました。多くのボールペンのインクには液漏れなどを防ぐために増粘剤が加えられています。この増粘剤がインクとうまく混ざり合わないとインクがかすれたり、かたまりで出てくるのです。
この問題もセルロースナノファイバーの高いチクソ性を生かせば解決できます。増粘剤にセルロースナノファイバーを使うとペン先に加わる力によって増粘剤がサラサラになります。インクとうまく混ざり合うことで、きれいに書けるのです。
また日焼け止めなどの化粧品には液だれを防ぐために増粘剤が使われています。実はこの増粘剤がベタつきの原因です。そこで増粘剤に高いチクソ性を持つセルロースナノファイバーを使おうという研究が始まっています。
「サイエンスZERO(ゼロ)」
日本発!夢の新素材 セルロースナノファイバー
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