ジェヴォーダンの獣事件|幻解!超常ファイル

NHK総合テレビの「幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー」でジェヴォーダンの獣事件について放送されました。フランス中央山地に位置するジェヴォーダン地方(現・ロゼール県の一地域)は村人が酪農や林業で暮らす地域です。1764年6月、ある牛飼いの女性がいつも通り放牧の番をしていると一頭の巨大な獣が襲いかかってきました。女性は鋭い爪で服を引き裂かれ体中に傷をおいましたが一命はとりとめました。この事件の記録の中には彼女を襲った獣の姿が描かれています。それは村人が見慣れたオオカミとは異なる姿で、子牛ぐらいの大きな体で鋭いかぎ爪を持ち背中には一筋の縞模様があったと言います。数日後、最初の襲撃場所から10kmほど離れた村で少女が行方不明になり、翌朝少女は死体で発見されました。それは無残に内臓を食われていたと言います。ジェヴォーダンの惨劇はこうして幕を開けたのです。謎の獣はたびたび出現し犠牲者は3ヶ月で20人以上にのぼりました。しかも犠牲者のほとんどが女性や子供。さらに野獣は人知を超えた不思議な現れ方をして人々を怯えさせました。ある日、ベルグヌーという村で10歳の少女を襲った野獣は同じ日に南西50kmも離れたレ・ケール村で15歳の少年も襲いました。野獣は広大なジェヴォーダン地方の遠く離れた場所にほぼ同時に現れたのです。まさに神出鬼没。険しい山々を越え予期せぬ場所で人々を襲い続けました。またある日、山狩りをしていた猟師が野獣を発見。野獣は致命傷をおったかに見えましたが数日後には別の場所に現れ殺戮を続けたのです。

 

この野獣事件の背景には当時のフランスの山村が長年抱える問題がありました。16世紀、フランスでは30年以上に及ぶ激しい内戦がありました。カトリックとプロテスタントの争いであるユグノー戦争です。劣勢だったプロテスタントの一部は山深い地方へと避難。ジェヴォーダンでも2つの宗派が混在し住民同士の不信と対立の感情が残されていました。また長い内戦は野生生物にも影響を与えました。戦いで山里が荒廃すると生存環境のバランスが崩れ数が増えたオオカミが盛んに出没するようになったのです。こうした不安を抱える地方に現れた謎の野獣はオオカミよりもはるかに大きく凶暴な上、人知を超えた行動をとりました。謎の野獣事件はジェヴォーダン地方から600km離れたフランスの都パリにも伝わり、新聞は飛びつきました。憶測まじりのセンセーショナルな話題はフランス全土、ヨーロッパ各地に広まっていきました。

 

事件の解決にはフランスの名誉がかかっていました。事件発生から5ヵ月後、国王ルイ15世は莫大な資金を投じジェヴォーダンに野獣討伐隊を送りこみました。フランス軍の精鋭部隊「竜騎兵」別名ドラゴン55名が送り込まれ、これで野獣も退治されると村人たちは胸をなでおろしました。しかし、竜騎兵は狩りについて素人だったため野獣を発見できず被害者は増えていきました。3ヶ月経った1765年2月7日、2万人が参加した山狩りでついに野獣が姿を現しました。撃たれた野獣は一瞬崩れたものの起き上がり森へ逃げていきました。竜騎兵は追いかけましたが、彼らは山深い場所でも馬から降りようとせず野獣を見つけることは出来ませんでした。打つ手がなくなった竜騎兵は兵士を女装させ放牧の子供たちに同行し野獣をまちぶせる作戦を決行。しかし野獣は罠を見透かしたのか別の場所を相次いで襲撃。国王の軍隊が失敗を重ねる中、犠牲者は増えていきました。国王の軍隊は獣にかなわないと知った人々は、もうひとつの権威である宗教権力に救いを求めました。ところが当時、この地を管轄する司教は2つの宗派が入り混じるジェヴォーダンの人々に残酷な言葉を投げかけたと言います。「野獣はオオカミや普通の獣ではなく、神が人々の罪を罰するために送った特別な獣なのだ。これは天罰なのだ」と。さらに人々は地元の土地を支配する領主からも見放されました。銃も持つことは反乱や暴動につながるため猟師など一部の人にしか認められていませんでしたでした。犠牲となったのは虐げられた地域のより弱い人々だったのです。ジェヴォーダン地方は隔絶され孤立した貧しい土地で、子供たちは生活を支えるため放牧の仕事をしなければなりませんでした。子供がいない家ではその役目は女性でした。貧しさゆえに子供や女性が一人で外に出なければならなくなり、獣の危険にさらされたのです。

 

1765年9月21日、事件は急展開をむかえました。国王ルイ15世が新たに派遣した射撃の名手ボーテルンが野獣をしとめたのです。その体長は1.7m、体重は65kg。確かに通常のオオカミより巨大でしたが、多くの目撃情報で見られた背中の縞模様はありませんでした。事件は解決したと国王ルイ15世は安堵しました。ところが1765年12月2日、牛の番をしていた2人の少年が何者かに襲われました。1人は死亡。生き残った少年は「背中に一筋の縞模様があった」と証言しました。惨劇の知らせは国王ルイ15世のもとにいったにも関わらず、ルイ15世は事件はすでに解決済みとこれを無視しました。殺戮は再び始まり、これまでよりさらに異常でした。刃物で切られたような遺体が続出したのです。中には遺体の上に帽子がかけられていることもありました。野獣に見せかけた人間の仕業なのではないかと村人たちは疑心暗鬼にとらわれていきました。ところが1767年6月19日、地元の猟師ジャン・シャステルが巨大な獣を射殺。その後、殺人事件はピタリとなくなりジェヴォーダンの惨劇は突然幕を下ろしたのです。獣の死骸を見た人々は口々に「怪物だ」と語りました。しかし国王ルイ15世はただちに死骸を埋めるよう命じたと言います。その後、死骸の行方は確認されず野獣の正体は未解決のままとなりました。