緊急対談 パンデミックが変える世界 ~歴史から何を学ぶか~|ETV特集

感染症と人類は歴史の中でどのように闘ってきたのでしょうか?ヨーロッパではペストが何度も襲い強大な帝国や社会を揺るがしてきました。黒死病と呼ばれ強い感染力を持つペストは、14世紀にヨーロッパの人口の3分の1が犠牲になったと言われています。当時の人々はウイルスや細菌などの病原体が原因とは知らず、死神や汚れた空気のせいだと考えていました。

人々の心へと染みついたペストへの恐怖。アルベール・カミュは人間が不条理に命を奪われていく様をえがきました。

感染症が病原体によって引き起こされることが分かった後もパンデミックは人類を襲いました。約100年前に世界を席巻した「スペイン風邪」と呼ばれるインフルエンザです。

第一次世界大戦の最中、兵士たちが戦場を大規模に移動する中で世界に伝播。死者は推定5000万人以上。戦争による死者の数を上回りました。

歴史上、幾多のパンデミックにさらされてきた人類。それは社会にどんな影響を与えるのでしょうか?

特にイタリアは中世のペストの影響が強くって、それが文学でも語られ、繰り返し繰り返し語られることによって集団としての記憶のようなものを持っているんじゃないかと思うことがありますね。

長崎大学熱帯医学研究所教授 山本太郎さん

日本の場合は全く逆で、 私は速水融という先生に学んだんですけれども、この先生がスペイン風邪の研究の少なさに驚くんですね。「なんで先生これ少ないんですか?」って言ったら「それは風景が変わらないからですよ」と。つまり、戦争や震災は同時期に起きた。風景が一変するから記憶に残る。だけど日本国内で50万人近くが亡くなったと言われて、すごい数なのに記録もしないし歴史家も研究していなかったんだという状況ですから、忘れやすい日本人からすれば風景を変えない感染症は非常に忘れられやすいものである。

与謝野晶子さんとかが子供が次々にスペインインフルエンザになっていく中で書いた文章だとか。スペインインフルエンザの時には劇場や大きな催し物を止めることがほとんどなかったので、与謝野晶子はどうして政府の指示で止めなかったのかということを書いていたりとか。

国際日本文化研究センター准教授 磯田道史さん

与謝野晶子

盗人を見てから
縄をなうというような
日本人の便宜主義が
こういう場合にも目につきます

政府はなぜいち早く
この危険を防止するために…
多くの人間の密集する場所の一時的休業を命じなかったのでしょうか

与謝野晶子「感冒の床から」

日本でのスペイン風邪の流行は3年に渡り続きました。最初の流行では患者100人当たりの死亡者数が1,22人だったのに対し、2回目の流行では5,29人とウイルスが強毒化。それだけでなく若い世代が重症化するようになり多くの命が奪われました。

今回の新型コロナウイルスは今後どのような変化を遂げるのでしょうか?

まず答えから言うと「誰にも分からない」ただ、ウイルスがどちらの方向に進化していくか、弱毒化の方向に淘汰圧をかけていくことが必要で、それは流行の速度を緩やかにする。

長崎大学熱帯医学研究所教授 山本太郎さん

ウイルスの毒性がどう変化するかは、人から人への感染の速度が大きく左右します。毒性の強いウイルスは感染した人をあっという間に殺してしまうためウイルス自身もそこで消えてしまいます。そのため、強いウイルスが生き残るには感染した人が亡くなる前に次から次へと感染を生むことが必要になります。

これに対して人々が感染防止に十分な注意を払った場合、毒性の強いウイルスは感染の機会を失い毒性の弱いウイルスだけが感染を拡大することができます。感染の速度を遅くすることが毒性の強いウイルスを抑制し弱いウイルスだけを生き延びさせることになるのです。

ウイルスの生態はどこまで解明されているのでしょうか?

2008年、東京大学医科学研究所教授の河岡義裕さんが世界を驚かせた研究があります。大流行の後に消滅し実体が分からなかったスペイン風邪のウイルスを人工的に合成。再現されたウイルスを研究し、感染症の新たな対策につなげようとしています。

実際に作ってみると何が分かったかと言うと、今まで我々が知っているインフルエンザウイルスの中で一番強毒だったんです。スペイン風邪のウイルスはサルに感染させるとサルを殺すんです。サルを殺すようなインフルエンザウイルスはこれだけです。10頭くらい感染させて10頭全部死んだんです。いまだに何でそんなに病原性が強いのか分からないんです。そういうことを理解することで今後もっと病原性が強いウイルスが出てきた時に対応できるようになる。

東京大学医科学研究所教授 河岡義裕さん

河岡さんは今回の新型コロナウイルスにどのように対処するべきだと考えているのでしょうか?

感染症ってコントロールするのは難しくないんです。感染症は感染している人に近づかなければ絶対に感染しない。ものすごい簡単。もしその人に近づく必要があるならば完全防御で行けば絶対に感染しない。白い防護服で放射能は防げないけれども、病原体は防げるんです。

東京大学医科学研究所教授 河岡義裕さん

国の感染症対策専門家会議のメンバーとして河岡さんは新型肺炎の拡大を防ぐための提言を行っています。

今回の流行は明らかに防げたんですよ。もっと前にちゃんと情報があれば。12月の末には武漢で大流行していた。その情報を我々が知っていたら、もっとちゃんとみんなが理解していればこんなことになってなかった。いくらでも防ぐ手段があった。想像力不足。想像力がないからこんなことになった。日本人は想像力不足。想像力があればそんな外に出歩いてない。

専門家会議でかなり最初からみんなに言ってきたのは「最悪の事態を見せよう」「最悪の事態はこういうことが想定されるので、そういうことが起きないようにこういうことをしましょうっていうのを提案しよう」って、なかなか受け入れられなかったんですけれど、海外でああいうことが起きて、初めてそれを見せれるよっていう形になって、日本で今何もしなければオーバーシュートっていうことが起きますよっていうことが初めて外にでてきた。

最悪を想定して最大の防御を準備して、ガードは後から下げていけばいいので。それがどういうわけか実行できないんですよね。

1918年、スペイン風邪が起きました。その時に何をやったかっていうと今やってるソーシャルディスタンス。近づかない。今、我々それから100年以上経ってるのに我々ができることはそれくらいしかないんです。

東京大学医科学研究所教授 河岡義裕さん

人類とウイルスの闘いは新たな局面に突入しています。それが特に顕在化したのは2000年以降。野生動物に由来すると考えられるウイルスによってSARSや新型インフルエンザ、エボラ出血熱など次々に感染症が流行するようになりました。

その要因として考えられるのが環境破壊が野生動物の生態系へもたらす深刻な影響です。地球規模で進む温暖化、熱帯雨林の破壊、無秩序な都市開発。その中で人間と野生動物の距離が近づき新たなウイルスを人間社会に呼び込む要因となっているのです。

世界が混迷を深める中、注目されている発言があります。イスラエルの歴史家で「サピエンス全史」などの著作で知られるユヴァル・ノア・ハラリ氏です。

この危機の時代に、私たちは特に重要な2つの選択を迫られている。第1の選択は全体主義的な監視か市民に力を与えるエンパワーメントか。

FINANCIAL TIMES 3月20日掲載より

感染拡大を抑えこむために国家がテクノロジーを駆使して人々の行動を監視し制限すべきか。あるいは、情報公開を徹底して人々の不安を取り除き市民の自己決定力を高めるのか。

第2の選択は国家主義による孤立かグローバルな連帯か。

FINANCIAL TIMES 3月20日掲載より

パンデミックに対して自国の利害を優先するのか、それとも国際的に連帯して対処するのか。ハラリ氏が投げかける2つの問いに私たちはどのように向き合えば良いのでしょうか。

「ETV特集」
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