2014年8月、がんの早期診断方法を新たに開発する国家プロジェクトが始まりました。これが成功すれば、血液を1滴調べるだけで13種類のがんが極めて初期の段階でも診断できるようになると言います。
プロジェクトの鍵の握るのは、国立がん研究センターに保管されてきた70万を超えるがん患者の血液です。そこから、がんの初期段階でも変化が現れるというマイクロRNAを見つけ出そうというのです。
マイクロRNA
マイクロRNAは、生命活動の維持にとても重要な調整役をしていることが分かってきました。生命の設計図DNAから転写されるRNAの中でも、とても小さなマイクロRNAが重要だと言います。
DNAとRNAの塩基は、繋がる相手が決まっています。このような法則があるため、DNAの塩基の並び方の情報がRNAにコピーされるのです。コピーされたものはメッセンジャーRNAと言います。メッセンジャーRNAの情報からたんぱく質が作られていくのです。
DNAの中でたんぱく質の設計図になっているのは1.4%です。DNAの中でもたんぱく質の設計図にならない部分からコピーされたRNAは、24塩基くらいまで短く切り刻まれます。この小さなRNAがマイクロRNAです。
マイクロRNAは、働く時にメッセンジャーRNAにくっつきます。くっつかれたメッセンジャーRNAは、たんぱく質を作ることが出来なくなります。つまり、マイクロRNAはメッセンジャーRNAの働きを止める役割を果たしているのです。
マイクロRNA 受精卵の成長を制御
ゼブラフィッシュの受精卵に、1種類のマイクロRNA(430番)の働きを止める物質を注入してみたところ、受精から30時間後、尾が曲がってしまいました。心臓の鼓動も弱くなりました。マイクロRNAを1種類止めただけで正常な発達ができなくなるのです。
ゼブラフィッシュの受精卵では、最初は母親が残したメッセンジャーRNAからたんぱく質を作ります。このたんぱく質が細胞分裂を促します。
受精から2時間半後、子供の遺伝子が働く時期がやってきます。この後は母親由来のたんぱく質が邪魔になります。そこで、子供が作り出すのがマイクロRNAの430番。430番は、母親由来のメッセンジャーRNAにくっつき、母親由来のたんぱく質が作られないようにします。こうして子供本来のたんぱく質だけを使うことで正常に発達します。
しかし、430番を止めてしまうと母親由来の余計なたんぱく質が作られ続けてしまいます。そのため、本来働くはずの子供のたんぱく質が邪魔されてしまうと考えられています。
マイクロRNAは、発達の主役が母親から子供にバトンタッチされるのを制御していたのです。
マイクロRNA 細胞老化をコントロール
広島大学大学院細胞分子生物学研究室の田原栄俊さんは、老化にもマイクロRNAが関係しているのではないかと考え研究を進めました。
この研究で使ったのは人の線維芽細胞。全身に存在する細長い細胞で細胞分裂の回数に限界があることが分かっています。分裂を1年くらい繰り返すと細胞が大きく広がった形になってしまいます。老化です。
田原さんは、若い細胞と老化した細胞で含まれるマイクロRNAに違いがないか調べてみました。その結果、大きな違いが見つかったのはマイクロRNAの22番です。若い細胞と老化した細胞では22番の量が2倍以上違っていたのです。
発見!がん増殖を抑えるマイクロRNA
国立がん研究センターの土屋直人さんたちのグループは、がんの増殖を抑えるマイクロRNAを見つけました。
がんの増殖を制御できないのは、多くの場合p53という遺伝子が壊れているからです。細胞の異常な増殖を抑えるp53は、がん抑制遺伝子と呼ばれがん研究では長く注目されてきました。
そこで土屋さんたちは、p53と共に活性化するマイクロRNAを探しました。用意したのは大腸がんの細胞です。ここに抗がん剤を入れると増殖を抑えるp53が活性化します。そして抗がん剤を加える前後のマイクロRNAの量をはかりました。すると7種類のマイクロRNAが増えていました。
その中でもp53と関係が深いと注目したのが34aです。p53の活性化と共に増えたので逆に34aを入れればp53が活性化し異常な増殖が抑えられるかもしれません。
土屋さんたちは、大腸がんの細胞に34aを加えて効果を見ました。すると、がんがほとんど増殖しなかったのです。マイクロRNAによってp53遺伝子が働き、異常な増殖を抑えられたと考えられます。
生体内でも同じことが起こるのか、マウスの背中に人の大腸がん細胞を移植し、34aが生体内でもがんの増殖を抑える効果があることが確かめられました。
2007年、土屋さんたちは論文として発表。これがマイクロRNAががんの治療に使える可能性を示した世界で最初のものでした。
「サイエンスZERO(ゼロ)」
がんも!老化も!?生命を操るマイクロRNA
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