人気女優A絞殺事件|爆報!THEフライデー

事件が起きたのは1975年。当時24歳だった女優Aは7歳にして子役デビュー。明るく天真爛漫なキャラクターで愛され、ドラマや舞台、バラエティと広く活躍しました。

 

そんな彼女と交際していたのは当時23歳の俳優B。彼はAより1つ年下の無名役者でした。青春ドラマでデビューしたものの、役者としては鳴かず飛ばず。

 

そんな2人は同じ事務所だったことがきっかけで交際をスタートさせました。

 

格差カップル

しかし、2人には決定的な芸能界の格差がありました。Aは24歳にして月収100万円ほどを稼ぎ、広々とした住まいに暮らしていました。一方、仕事のないBの収入はほぼゼロ。古い4畳半暮らしをしていました。

 

2人を知る友人によると、AはBの真面目で純情なところに惹かれ真剣に愛していたと言います。いつかBが俳優として成功する事を信じ支えていました。

 

そして交際から2ヶ月でBがプロポーズ。Aも喜び婚約しました。

 

しかし、格差カップルの結婚は一筋縄ではいきませんでした。Aの母親はすでに他界し親ひとり子ひとり。父親は不甲斐ないBとの結婚を認めませんでした。

 

疑念… 嫉妬心

その後、Aの仕事はますます忙しくなりBのコンプレックスは増すばかり。声を聞こうと電話をかけても彼女は出ませんでした。婚約者でありながら彼女に会えない日々。この日々のすれ違いがBの心に「Aに手を出している男がいる」という疑念を抱かせていきました。

 

Aのことを心配するBは、男の影がないか毎日深夜に電話を繰り返し自宅周辺をうろつき始めました。さらに、Aに黙って撮影現場へと忍び込み、楽屋の様子を盗み聞きする異様な行動を取るように。

 

そして撮影現場でささやかれる「大御所が若い女優と寝ている」という噂話がBの心を完全に狂わせました。

 

一方、Aはさらに仕事も増え女優業に熱中。プライベートでも共演者との付き合いが増えていきました。自然と自ら連絡してくることも少なくなり、Bの嫉妬心は爆発寸前でした。

 

殺害

1975年4月29日の午前3時、黙ってAの部屋に忍び込んだBは、Aが甘えた声で誰かにモーニングコールを頼む姿を目撃。さらに「いい加減指輪が欲しいの。私を独身のままにしないで」と電話の相手に話していました。

 

Bは怒りのあまりAを殺害。死因は電話のコードで首を絞められた事による窒息死でした。

 

さらに遺体発見の数時間後、箱根でガードレールに激突した車の中から俳優Bが血だらけの状態で見つかりました。逃げられないと考えたBが自殺をはかったのです。Bは遺書を残していました。

 

「互いに愛し合わなければよかった。互いに。神様あの世では二人を幸福にして下さい。」

 

しかし、病院に救急搬送されたBは生き残りました。

 

電話の相手は誰だったのか?

Bの殺意を決定付けた電話の相手とは誰だったのでしょうか?事件後の裁判で全ての真相が明らかになりました。

 

実は、電話の相手はAの父親だったのです。Aは自分の父親にモーニングコールを頼んでいたのです。

 

欲しがっていた指輪とは、Aの母親の形見の指輪のことでした。母親がしていたプラチナの指輪を父親は娘の結婚指輪にと小指にはめていたのです。

 

AはBとの結婚を真剣に考えていたのです。

 

「爆報!THEフライデー」
実録!名前の出せない芸能界事件簿

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