ヨハネス・フェルメールの「手紙を書く婦人と召使い」は縦71.1cm、横60.5cmの油彩画です。
デルフトの町に生きて
オランダ南西部の町デルフトは、フェルメールが生まれ生涯を送った町です。彼が生きていた17世紀のオランダでは、郵便制度が発達し手紙という新しいコミュニケーションの手段が瞬く間に広まりました。
そして、生まれたのです。喜怒哀楽のドラマが…
フェルメールは、20歳の時に資産家の娘だったカタリーナと結婚。妻の実家で暮らしながら絵画の制作に励んでいました。
手紙をめぐるミステリー
当初は歴史画や物語画を描いていましたが、やがて市民の生活をテーマにした風俗画が大半を占めていきました。その中で同じモチーフを扱った作品があります。「手紙を書く」「手紙を読む」「手紙を渡される」、6枚もの手紙にはそれぞれのストーリーがあります。
フェルメールは、手紙という新しい通信手段に熱中し翻弄され、戸惑い、時には疑心暗鬼になる人たちの喜怒哀楽のドラマを描きました。その原点には父親の仕事が深く関わっていたという説があります。
当時、多くの人々が集う宿屋は手紙の中継地点になることがよくありました。そのため、フェルメールの父親の宿屋がそうした役割を担っていた可能性は十分にあるのです。
フェルメールは子供の頃から父親の宿屋で手紙というものに馴染み、手紙がもたらす人々の喜怒哀楽を見つめていたのかもしれません。
シーリング・ワックスの謎
床に落ちているシーリング・ワックスこそ「手紙を書く婦人と召使い」の謎を解く重要な鍵です。
当時はまだ封筒が普及しておらず、手紙を折りたたみその上に熱したシーリング・ワックスをたらし、家の紋章などを刻んだスタンプを押して封をしていました。
かつては書き損じの手紙だと考えられていましたが、修復によって赤い丸が発見され届いた手紙だと解釈されるようになったのです。
芝居をつくるように描いて
フェルメールの絵の中で頻繁に登場するものがあります。テーブルクロスです。実はこの布はペルシャ絨毯だと言われています。高価なものだったのでオランダではテーブルクロスやタペストリーとして使われていました。
左側の緑のカーテンも他の絵にも使われています。
フェルメールはアトリエという決められた空間の中で、家具や調度品をたくみに使い分け綿密に計算をしながら一幕ものの演劇の舞台を作るように一つの世界を作り上げていったのです。
壁にかかった絵の秘密
描かれているのは、旧約聖書の出エジプト記の一場面。エジプトの王は「ヘブライ人の男の子が生まれたら殺害せよ」という命令を下しました。困った母のヨケベドは、我が子モーセを救うためにカゴに入れて川に流しました。その下流で水浴中の王女に助けられ王族として育てられることになるのです。そして、母のヨケベドは密に乳母となって我が子モーセを育てるというエピソードです。
深い母の愛情を暗示するこの絵の前で、婦人は一心不乱に手紙をつづっています。
謎多き画家フェルメール
フェルメールと妻カタリーナの間には11人の子供がいたと言われています。しかし、フェルメールの作品に子供が登場することはほとんどありません。
フェルメールは、誰にも明かせない秘密と自分だけの通信手段を持った新しい時代の女性の姿を描きあげました。精一杯の皮肉を込めて…
「美の巨人たち」
フェルメール「手紙を書く婦人と召使い」
手紙をめぐるミステリー
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