小林古径「清姫」 熊野に伝わる悲しき伝説&線に込めた究極の凄技|美の巨人たち

小林古径(こばやしこけい)作「清姫」は、8つの場面で描かれた絵物語です。

 

愛と悲しみの物語

物語の始まりは、奥州から熊野詣でに旅立った2人の僧の姿です。後ろの若者は安珍(あんちん)という名の絶世の美男子。何もない背景と輪郭線のみで描かれたシンプルな描写に嵐の予感。2人は熊野の近くで一晩の宿を借りました。

 

2枚目の「寝所」から物語が動きだします。美しい寝姿の安珍を屏風の影から見つめているのが、宿の娘・清姫(きよひめ)です。安珍に一目惚れした清姫は夜這いをかけて迫ります。ところが、熊野への祈願を理由に安珍に断られてしまいました。2人は再会を約束して別れます。

 

安珍清姫伝説

熊野は神仏が宿る山々として信仰されてきた聖地です。古くから伝わる逸話があります。安珍清姫伝説。激しく苦おしいまでの恋に生きた清姫の物語です。小林古径はその伝説を8枚の連作に仕立て上げました。

 

清姫は現在の和歌山県田辺市中辺路町真砂あたりに暮らしていました。

 

真砂庄司 藤原左衛門尉清重(清姫の父)から32代まであったという。だから僕らは現実にいた人物であると。

(郷土史研究家 庄司喜代和さん)

 

清姫のお墓にはこんな言葉が刻まれています。

 

煩悩も焔も消えて
今ここに眠りまします
清姫の魂

 

新しき日本画の時代

小林古径は1883年、新潟県中頸城郡(現在の上越市)に生まれました。幼い頃から絵が得意だった小林古径は、16歳で東京に出て画家・梶田半古の画塾に学びました。明治の終わりから昭和の初期にかけて日本画は黄金期ともいえる時代を迎えていました。

 

当時の日本画には使命がありました。日本古来の古典を受け継ぐことと西洋の絵画を知りモダニズムを取り入れることです。

 

小林古径の代表作「髪」は伝統的な構図の中に肉感的な近代造形の女性。古典とモダニズムの両立。小林古径の目指した日本画でした。

 

激しくも切ない恋

小林古径の「清姫」3枚目の「熊野」は人里離れた幽玄なる場面です。熊野の大社は安珍の旅の目的地です。

 

熊野速玉大社は熊野詣でに欠かせない大社の一つ。ここで宿願を果たした安珍ですが、清姫のもとに戻りませんでした。最初から逃げるつもりだったのでしょうか?

 

清姫は安珍を心配して案じていました。しかし、峠から遠くへ逃げる案珍を見つけた時、強い怒りがこみ上げてきました。

 

4枚目の場面では、追いかける清姫が野山を越えて矢のように飛んでいます。着物がはだけ草履も履いていません。風に吹かれる黒髪の衝撃。

 

5枚目の「川岸」では川の畔を懸命に逃げる案珍の姿が描かれています。辺りの木々と葉は安珍の怯えを示すようにざわざわと揺さぶられています。画面の左下には一艘の渡し船。

 

安珍と清姫の物語は日高川を隔てることで決定的な悲劇へと向かっていきます。

 

日高川の場面に

6枚目の「日高川」では、清姫が川のほとりで右手を伸ばしています。渡し船はどこにもありません。目の前には不気味な黒い影の川面が横たわっています。

 

この画面に描かれた線こそ小林古径の不断の努力と革新の想いが生んだ奇跡の線です。

 

静かなる巨人

小林古径は寡黙な画家でした。静かに描き続けた人でした。絵画に取り組む姿勢は「澄んだ独楽のようだ」と言われました。音もなく全く動いていないように見えて、激しく回転することで真っ直ぐに立っているのです。

 

伝統を模倣するだけではなく、奇をてらうわけでもなく、伝統を超えた先にある新しい日本画を求めて。そして、しなやかな線にどうやって辿り着いたのでしょうか?

 

奇跡の線描を求めて

1922年、小林古径は日本美術院留学生として渡欧。フランスやイタリアをめぐり、世界の美術を肌で感じ取ったのです。ロンドンで大きな使命がありました。大英博物館にのりこみ、こもることです。

 

そして中国・東晋時代の画家、顧愷之(こがいし)作の絵巻「女史箴図巻」を模写。ある技法を習得するため。それは1日10時間、1ヶ月に及びました。

 

針のように細い均一の線であらゆるものを描写しています。高古遊絲描(こうこゆうしびょう)という技法です。遊ぶ糸のような線で描いたのが「日高川」の場面です。

高古遊絲描使うのは細い面相筆。筆先のみをそっと紙におき、少しずつ線を引いていきます。細く均一でありながら生命感のある線が生まれていきます。肘をがっちり固定し、手首のみでただ線をひくのが高古遊絲描です。

 

もうひとつの超絶技巧

線だけではありません。小林古径は伝統的な手法を施しました。川面には清姫の絶望した心をうつすように不気味な黒い影が横たわっています。「ぼかし」と呼ばれる技法です。

 

ぼかしまずは紙の裏面に刷毛で水をひき湿らせます。さらに表面のぼかしをいれる部分にも水をひきます。束にした連筆を使い、湿らせた部分に墨をのせていくと紙は墨を滲ませます。乾かないうちに刷毛で薄く伸ばしていきます。迅速で迷いのない筆運びが要求される技です。

 

通常、ぼかしは大気や空間の表現に使われますが、心情を表すのに使ったのが小林古径の革新性です。

 

愛と哀しみの果てに

和歌山県日高郡にある道成寺は、安珍清姫伝説のクライマックスの舞台。逃げる安珍はこの寺にかくまわれました。恋の狂気にとりつかれた清姫は…

 

7枚目の「鐘巻」は怒りにくれた清姫が大蛇となって道成寺の鐘に巻き付いています。中に隠れていた安珍はその炎で焼き殺されてしまうのです。

 

ぼかしで描かれた黒い闇は清姫の抑えきれない怒りと悲しみ。その後、清姫は入水し命を絶ちました。これが哀しき恋物語の結末です。

 

私の空想を駆使して過去の絵画のどれにも範を求めた訳ではありません。

(小林古径)

 

最後に描いたもの

悲劇に最後に小林古径が描いたのが、道成寺の境内に咲く満開の入相桜です。安珍が非業の死を遂げた鐘のあった場所に桜が咲いています。

 

悲劇はただ桜舞い散る静寂の中に…

 

それこそが小林古径が用意した結末でした。

 

「美の巨人たち」
小林古径「清姫」

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