玉野宏昌は今…|爆報!THEフライデー

1996年、第32回プロ野球ドラフト会議で西武ライオンズから1位指名を受けた期待の新人が玉野宏昌(たまのひろまさ)さんです。スポーツの名門、神戸弘陵学園高等学校出身の玉野宏昌さんは、西武から巨人へと移籍した清原和博背番号3を受け継ぎ、野球界のシンデレラボーイに。

 

しかし、清原が作り上げた背番号3の看板はあまりに重く、プレッシャーに負け、いつしか野球界から姿を消しました。

 

玉野宏昌は今…

現在40歳となった玉野宏昌さんは東京都郊外の一軒家で妻・絵里さん(43歳)と息子・翔太くん(5歳)と暮らしています。

 

転職の裏に森慎二の死

玉野宏昌さんが森慎二(もりしんじ)さんと出会ったのは22年前、西武へ入団した時でした。この年、2位指名を受けていたのが社会人野球で活躍していた森慎二さんでした。同期入団した二人はすぐさま意気投合。森慎二さんは1年目から抑えのエースとした活躍。チームのリーグ優勝に貢献。ワイルドな長髪と、大きく足を上げる豪快なフォーム、ロン毛のストッパーとして人気投手へとのぼりつめました。

 

一方、玉野宏昌さんは開幕から2軍暮らし。そんな玉野宏昌さんに対し、森慎二さんは叱咤激励。弟分だった玉野宏昌さんを励ましてくれていました。

 

しかし2005年、玉野宏昌さんは戦力外通告。当時、結婚していた玉野宏昌さんは家族を養うために惣菜を作るアルバイトや運送会社を転々。ようやく腰を落ち着けたのは紙製品の販売会社でした。

 

しかし、野球した経験のない高卒の玉野宏昌さんは活躍の場を見いだせずにいました。人生の進路に悩む苦悩の日々。

 

そんな時、当時西部のコーチになっていた森慎二さんに相談すると…

 

「おいしっかりせい!人生、後悔のない決断をしろよ。

 

この何でもない言葉が、後に玉野宏昌さんの人生に不思議な未来をもたらしました。

 

2017年6月25日、森慎二さんは恐ろしい病に感染。溶レン菌、通称「人食いバクテリア」です。

劇症型溶レン菌感染症菌が傷口などから侵入して起きるとされ、発症すると恐ろしいスピードで体が壊死。そのスピードは1時間に3cm。壊死した部分は切断する以外になく、内臓や脳に侵入すると多臓器不全を引き起こします。近年、劇症型溶レン菌感染症の患者数は急増し2017年は600人近くが発症。その30%が死に至ると言います。

 

人食いバクテリアは珍しいものではなく、全ての人の皮膚に存在している菌です。しかし、近年その一部が突如狂暴化。原因は解明されていませんが人を死を至らしめています。

 

この菌に感染した森慎二さんは2017年6月28日に亡くなりました。発症してから3日後のことでした。

 

夜中かな、電話があって「慎二が死んだ」って聞いて。始め何言ってんの?って思ったんですけど、まだ信じられないですよね。今も。

(玉野宏昌さん)

 

玉野宏昌さんは、森慎二さんの死を受け入れられず酒に頼り泣き続けました。

 

死後の不思議…

森慎二さんの死から数日後、生命保険会社の社員が玉野宏昌さんに会いたいと訪ねてきました。社員は偶然にも森さんでした。彼は野球選手だった玉野宏昌さんの度胸を見込みヘッドハンティングしたいと語りました。

 

彼は「ぜひ後悔のない決断をして下さい」と言ってきました。これは森慎二さんから常にかけられていた言葉でした。

 

偶然なんですけど、僕それメッセージなんかなって思いましたよ。迷ってたんですよ、転職するかしないかで。森慎二さんが「お前生命保険やれ」と言ってるのかなと思いました。

(玉野宏昌さん)

 

そして玉野宏昌さんは今、生命保険会社の営業マンに転身。

 

森さんにもう一度会うことが会ったら、次は怒られないように「まだまだ頑張れ」って言ってるんじゃないですか。

(玉野宏昌さん)

 

玉野宏昌さんは森慎二さんの魂と共に前を向き後悔のない人生を歩んでいきます。

 

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あの人は今…転身SP

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