探査機カッシーニは、10年以上のあいだ土星に関する様々な発見をしてきました。中でも最も衝撃的な発見は、小さな衛星に生命体が存在する可能性があったことです。
カッシーニは危険を伴うミッションに挑みました。カッシーニにとって最後のミッション、グランドフィナーレの始まりです。土星と最も内側の輪との間を通過するのです。
しかし、チームはリスクをおかす価値は十分あると考えています。5か月の間、土星に大接近することで土星が何で構成されていて謎めいた大気の下に何があるか解明できるかもしれないからです。
土星の内側の構造が分かれば、巨大ガス惑星である土星がどのようにして誕生したかが解明されるかもしれません。カッシーニが土星と輪の間の空間を無事に通過することができれば、輪の誕生の謎も明らかになるかもしれません。
例え無事に空間を通過し続けたとしても、カッシーニによる土星探査のミッションは終わりを迎えます。2017年9月15日、カッシーニは最後の大接近で土星の大気に突入して燃え尽き約20年のミッションに幕が下ろされるからです。
人気の惑星 土星の正体とは?
土星は長い間、人々の好奇心と驚異の的であり続けてきました。土星の英語名サターンは農耕と富を司る神話の神に由来します。太陽系の中で2番目に大きな惑星で、体積は地球の700倍以上。ほとんどが水素とヘリウムでできているとても軽いガス惑星です。
大気中では秒速数百メートルもの強風が吹き荒れ、太陽系の中でも最速の部類です。気温は-180℃。北極にはヘキサゴンと呼ばれる六角形の巨大な渦があります。渦の大きさは地球2個分がすっぽりとおさまるほどです。
驚くべき観測の成果
10年以上にわたる探査はチームに貴重な成果をもたらしました。ヘキサゴンの色が、冬は青く夏には霞がかった金色へと変化する様子を観測したのです。チームはさらに巨大な嵐の姿もとらえました。
そして、地球以外の惑星で初めて稲妻を映像でとらえました。
観測を支えた意外な技術
最初の土星への接近でカッシーニはどれほどの被害を受けたのか、観測装置から検証しました。電波プラズマ派観測装置は、衝撃を音声シグナルに変換。ぶつかったちりの衝撃を検出します。ちりの音はほとんど聞こえませんでした。チームは土星と一番内側の輪の間の2000kmの空間には何もないと考えていますが、危険がゼロというわけではありません。
ガリレオも魅了!観測の歴史
オランダの国立ブールハーフェ博物館には、現存する数少ない初期の望遠鏡の一つが保管されています。この望遠鏡は、天文学者クリスチャン・ホイヘンスが発明しました。
ホイヘンスは兄と共に当時オランダで最高の望遠鏡を開発していました。そして、ホイヘンスはある謎の解明にのりだしました。それはガリレオをも悩ませた謎です。
ガリレオは土星の横に突き出たものが一体何なのか解明できませんでした。ホイヘンスは観測結果を繰り返しノートに書いていきました。1656年、ホイヘンスは一つの結論に達しました。土星は輪に囲まれていると。ホイヘンスは、土星最大の衛星タイタンも発見しました。
天文学者ジョヴァンニ・カッシーニは、パリ天文台の初代台長でした。彼は土星の衛星4つを発見し、土星の輪は1つではなく複数あり、間に空間があることを突き止めました。やがて、時代と共に望遠鏡はより精度の高いものへと進化していきました。
20世紀になると人類は望遠鏡を宇宙空間へと持ち込みました。1979年にはパイオニア11号が土星に接近し画像を撮影。翌年にはボイジャー1号も土星に到達し、画像を送信しました。そして、土星探査機カッシーニが登場。土星だけでなく輪や衛星も細部まで探査することを目的に開発されました。
謎だらけの衛星タイタン
20カ国近くが技術と資金を出し合い、カッシーニを宇宙へと送り出しました。打ち上げから7年後の2004年、カッシーニは土星に到達。チームは土星最大の衛星タイタンの探査に取り掛かりました。
タイタンは分厚い大気に包まれています。1980年代、宇宙探査機ボイジャーは大気の下は観測できなかったものの、驚くべき事実をもたらしました。タイタンの大気は地球と同じく主に窒素でできています。地球との類似点は科学者たちを惹きつけました。
ホイヘンスが明かすタイタンの素顔
ヨーロッパ宇宙機関は、未知の衛星タイタンへの着陸を目指す小型探査機ホイヘンスを開発。カッシーニに搭載することにしました。
2005年1月、カッシーニから分離されたホイヘンスがタイタンの大気を通過。ホイヘンスは無事にタイタンに着陸。ホイヘンスからはレーダーがタイタンの表面に跳ね返る音のデータも届きました。
降下中、ホイヘンスは風速120メートルの風を観測。さらに、タイタンの大気のほとんどが窒素でメタンとエタンも含まれていることを確認しました。最後にホイヘンスはタイタンの表面を撮影、送信してきました。
それから約10年間、カッシーニは100回以上にわたってタイタンに接近し探査を続けました。
巨大な砂丘に沿って長い運河が流れています。レーダーと赤外線カメラの画像から、タイタンには何十もの湖があることが判明しました。太陽系で表面に液体が確認された天体はタイタンと地球だけです。
タイタンの湖は水ではなくメタンとエタンの混合物で、液体天然ガスと似ています。タイタンの湖と海を全て合わせると地球のガス埋蔵量の300倍にもなります。地面はプラスチックや発泡スチロールのような質感の氷と有機物の混合物です。
時々雨が降りますが、タイタンの雨は地球よりもゆっくり落ち大きな水しぶきができます。なぜなら、タイタンの重力は地球の7分の1しかないからです。大気も地球と比べて冷たく密度が大きいため地球より音が速く伝わります。
地球外生命体が存在!?
土星には60以上の衛星があります。エンケラドスは氷に覆われた小さな衛星で、太陽系の中で最も反射率の高い天体の一つです。エンケラドスは直径約500kmの小さな衛星です。誰もがいわば死んだ衛星だと思っていました。
しかし、この小さな衛星には謎があります。北極には何十億年も前の小惑星の衝突によるクレーターがいくつもあるのに、南極にはほとんどクレーターはみられずスベスベなのです。一体なぜなのでしょうか?
カッシーニのカメラがさらに驚くべき画像をとらえました。南極部分から何十もの細かい噴出物が噴き出ていたのです。カッシーニに搭載された複数の機器で、噴出物を検出し化学成分を分析した結果、噴出物は氷であることが分かりました。毎時1000トンも吐き出されている噴出物の一部が雪のように再び地表に降り注ぐため、エンケラドスの南極部分は白く滑らかだったのです。
カッシーニをさらに噴出物に接近させ分析を行いました。噴出物の中には、炭素性の分子と窒素性の分子という有機分子が含まれていました。そして、塩も含まれていました。氷の粒は凍った海水だったのです。凍った海水の粒が南極の大きな割れ目から吹き出し、同時に熱も放出されていました。
重力のデータからエンケラドスの地表の下に氷よりも密度が大きいものが見つかりました。水です。氷の層から30kmほど地下に海があったのです。エンケラドスの地下の海は南極だけでなく衛星全体に広がっています。ナノシリカという微粒子も見つかりました。ナノシリカは熱水環境でしか形成されないと考えられています。エンケラドスの海底に、熱水が噴き出す熱水噴出孔が存在する可能性が出てきたのです。
地球の海底にも熱水噴出孔があります。周囲は暗く冷たいにもかかわらず、熱水噴出孔の周りには様々な生物が存在しています。
より詳しく知るため、カッシーニをさらに噴出物に接近させたところ、驚くべき発見がありました。水素分子が発見されたのです。水素分子は、地球の熱水噴出孔でも確認されています。水素分子は微生物にとっての栄養素です。
エンケラドスの噴出物は地球外生命体の手掛かりをもたらすだけではありません。氷の粒は土星の最も外側の輪Eリングを形成しています。
解明!土星の輪の謎
Eリングは基本的に衛星からの噴出物で構成された唯一の輪です。土星の輪は、そのほとんどが何十億もの氷の粒子で形成されています。
土星の輪は太陽系の中で最大で、14万キロ以上にも渡って広がっています。一方で、端の方は粒子の厚みはわずか数十メートルしかありません。
惑星誕生のヒミツ
45億年前、ガスやチリでできた巨大な雲がありました。近くで超新星爆発が起き、突風が雲の中を波のように伝わります。雲はやがて円盤になり太陽系が形作られます。
誕生したばかりの太陽を周回しながらガスやチリがくっつきます。小石は岩に、岩は彗星に、彗星は原始惑星に、原始惑星は惑星へと姿を変えました。そうして、何億年もかけて惑星は形作られていきました。太陽系の中で、このプロセスを観測する最適な場所が土星の輪なのです。
土星に磁場は存在する?
磁場は外側を測定すれば内側の様子まで知ることができます。しかし、送られてきたのは不可解なデータでした。
地球の磁場は、核の固体部分をとりまく液体金属が攪拌されることによって生み出されます。ねじれ回転によって作られる地球の磁気軸は自転軸に対して傾いています。しかし、土星にはこの傾きは見られません。ところが、それでは磁場が発生する仕組みを説明するこれまでの説とは相いれません。
土星の大半は水素とヘリウムで構成されていますが、科学者たちは土星にも固体の核が存在すると考えています。
金属水素は土星の磁場の源と考えられています。地球では磁場が大気や生命の存在を脅かす太陽風から私たちを守っています。磁場がなければ地球は火星のようになっていたかもしれません。かつては暖かく湿気もあった火星は磁場が衰退して、不毛の砂漠地帯になりました。
土星の輪はいつできた?
土星の形成に関するこれまでの説が覆される可能性もあります。これまで土星はチリや破片がくっついた後に、水素やヘリウムガスを引きつけたと考えられてきました。カッシーニが収集した膨大な観測結果によって、この説が正しいかどうかが分かるでしょう。土星の輪がいつできたかという謎も解明されるかもしれません。
鍵を握るのは質量の計測です。輪が古ければ古いほど、より多くの破片が集まり、時とともに質量が大きくなる可能性があります。
ついに別れの時が…
2017年9月15日、カッシーニに最後の時がやってきました。地球の微生物で土星の衛星を汚染させないためにもカッシーニを破壊するしかありません。
カッシーニは時速11万キロのスピードで土星の大気の突入。やがて、大気との摩擦によって温度が上昇。カッシーニは態勢を保てなくなり地球との交信も途絶えました。
カッシーニは最後に、かつてない至近距離から撮影した土星の大気の画像を送信してきました。
DEATH DIVE TO SATURN
(アメリカ 2017年)
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