アンティキテラ島の機械 ~世界最古のコンピューター~|地球ドラマチック

NHK・Eテレの「地球ドラマチック」で世界最古のコンピューターについて放送されました。ギリシャのエーゲ海に浮かぶアンティキテラ島に100年余り前1隻の小さな船が流れつきました。船に乗っていたのは海綿をとる漁師たち。一行は嵐を避けて偶然辿り着いた海で海綿を探してみることに。漁師は海底で青銅の胸像や大理石の美術品など古代ギリシャの財宝を発見。2000年前、ローマが地中海におけるギリシャの覇権を脅かし始めた頃、船と共に沈んだものです。古代ギリシャの栄光を伝える傑作の数々は2000年の眠りから奇跡的に蘇りました。その中に海水で腐食し複数に割れた一見何ということのない金属の塊があります。しかし、塊の内部には複数の歯車がおさまっていました。研究者たちが「アンティキテラ島の機械」と呼んだこの物体は2000年前に生まれた世界最古のコンピューターだったのです。この機械は誰が何の目的で作ったのか謎を解明するため天文学者のマイク・エドマンズが数学や科学史などの専門家によびかけ2000年に国際的な研究チームを立ち上げました。

 

最初の発見から75年、フランスの海洋学者ジャックによる海底調査で新たな積荷が発見されました。アンフォラと呼ばれるワインの運搬に使われた壷や船体の一部と思われる木材、そして青銅の小さな立像。沈没船がローマのガレー船、つまり軍艦だったと考えました。最大の功績は古いコインの発見でした。年代を特定する大きな手がかりとなったのです。一部の積荷については年代を紀元前70年~50年と特定することができました。船が沈没したのはこの頃だと考えられます。しかし、アンティキテラ島の機械については疑問が残りました。ずっと後に作られ、たまたまこの海域を通った別の船から落下したとも考えられるからです。研究チームは過去の研究を洗いなおしていきました。イギリスの物理学者デレク・デ・ソラ・プライスは1950年代に初めて金属の物体を本格的に調べました。そしてX線写真を使い合計で27個の歯車が組み込まれていることを突き止めました。X線写真では歯車が重なって見えてしまうため作業は難航しました。それでもプライスは歯の数に謎を解くヒントがあるはずだと考えました。そしてある歯車に127枚、235枚の歯があることを突き止めました。いずれも古代の天文学に関係する数字です。127の歯がある歯車は月の動きを再現するためのものだという説をプライスはたてました。プライスが発見した235という数字が重要な意味を持ちます。古代の人は1朔望月、つまり新月から次の新月までの周期が29.5日だと知っていました。しかし、1年は12ヶ月なので、これを12倍すると354日です。つまり月を基準にした1年は太陽を基準にした1年よりも11日短いのです。しかし、古代の人は同時に19太陽年が235朔望月とほぼ等しいことも知っていました。つまり19年を1つの周期と考えれば月の暦と太陽の暦はぴったり一致するのです。機械の背面上部には235個のメモリが刻まれた文字盤の跡がありました。19太陽年を1つのサイクルととらえるメトン周期です。ここにメトン周期の目盛りが刻まれていることは何を意味するのでしょうか。古代の人々は月の満ち欠けを頼りに暮らしていました。穀物を植えたり宗教行事を行ったりする時期、戦争のタイミングまで月の満ち欠けから判断していました。127という歯車の数も重要な手がかりでした。新月から新月までの1朔望月は約29.5日。一方、月の公転を考えても月が地球の周りを単純に1周する周期は27.3日です。古代の人はメトン周期でいう1周期、つまり19年の間に月が254回公転することを知っていました。しかし、それだけの歯を刻むのは大変です。そこで、245の半分、127枚の歯を他の歯車と連動させることにしたのです。プライスは127枚の歯が月の公転を表すための工夫だったと確信しました。しかし、大きな謎が残されていました。背面にある歯車です。歯の数は222か223で、その役割は分からないままでした。

 

ロンドンで25年間、独自にこの装置の研究に取り組んできたのがマイケル・ライトさんです。これまでの研究でアンティキテラ島の機械は全体が木製の箱に収まっていたことが分かっています。そこでライトは箱型の模型を作り側面のハンドルで歯車を回せるようにしました。ライトは53の歯を持つ歯車にも注目しました。一方、CGを使って機械を再現したトニー・フリースはライトがこだわる53という数字に納得できずにいました。54の間違いではないかと思っていたのです。研究者たちの前にはさらに切迫した課題が立ちはだかっていました。それは背面にある大きな歯車。その歯の数がなぜ222または223なのかを解明できずにいたのです。そこで注目したのが表面に刻まれた銘文。撮影技術の向上により刻まれた銘文が分かり223と書かれていることが分かりました。223とは古代バビロニアで考え出された18年周期を意味していました。バビロニア人は食の周期を18年周期、つまり223ヶ月ととらえました。今日のサロス周期と呼ばれる暦で日食や月食が223ヶ月おきに繰り返すというもの。背面の歯車の歯の数は食の周期を表す223、つまりこの機械は日食や月食を予測する機能を持ち合わせていたのです。アンティキテラ島の機械は人類が初めて創作したコンピューターでした。アンティキテラ島の機械は数十年後の食とその日時を予測するだけでなく、影が進む方向や光の色までをも予測する極めて高度なものであることが分かりました。

 

食の周期は機械の背面にあるサロス周期の文字盤に表示されました。針を動かすのは食の周期を表す223の歯を持つ歯車でした。しかし、新たな疑問が浮かびあがりました。月の軌道は楕円です。速度は地球に接近するほど速く、遠くなるほど遅くなります。この動きをどのように再現していたのでしょうか。変化を繰り返す月の運行は小さなピンとスロットによって再現されていました。ようやく全容を現した古代ギリシャのコンピューター。では一体だれが2000年前にこの機械を作ったのでしょうか。研究者たちは背面の文字盤に刻まれた月の名前に注目。ギリシャの都市国家はそれぞれが独自の暦を持ち、月の名前も都市によって違いました。文字盤にはラノトロピオス、ドデカテウス、プシドレウス、フィオニケオスと刻まれています。これらの名称はいずれも古代コリントスの暦で使われていたものです。つまりアンティキテラ島の機械はコリントスまたはその植民地シチリア島のシラクサから来たに違いありません。シラクサは古代ギリシャが誇る偉大な科学者アルキメデスの縁の地です。アルキメデスは天文学の分野では月までの距離を計算し、数学では円周率や球体の体積の計算法を編み出しました。紀元前3世紀、アルキメデスはシラクサで暮らしていました。その後、ローマがイタリア南部に勢力を伸ばしていたためシリチア島の要所シラクサはローマ軍との戦いに備えていました。紀元前214年、マルケルス将軍率いるローマ艦隊がシラクサを包囲。シラクサはアルキメデスが考えた兵器でローマの船を転覆させるなど抵抗を続けました。しかし2年後ついに陥落。マルケルス将軍は兵士たちに決してアルキメデスを殺してはならないと命令。しかしローマの兵士は地面に図形をかく老人がアルキメデスであることに気づかず連行を拒んだだめアルキメデスを刺し殺してしまいました。シラクサは略奪され戦利品はローマに運ばれました。この時マルケルス将軍はアルキメデスが持っていた2つの機械を自ら持ち帰ったとされています。これがアンティキテラ島の機械の原型ではないかと考えられています。150年後、ローマの政治家キケロはマルケルス将軍の孫の家を訪れた際アルキメデスが作った機械を目にしたと書き記しています。「アルキメデスは異なる速さで動く5つの惑星の運行を1つの装置で正確に表す方法を編み出していた。現実の日食がこの装置で計算した通りに起きたのだ。」しかし、世界最古のコンピューターを生み出した古代ギリシャの技術はなぜ継承されることなく歴史の舞台から消えたのでしょうか。多くの歴史家は古代ギリシャの衰退とローマ帝国の崩壊によってギリシャの知識や技術は東方に流れ、後にイスラムの世界に受け継がれたと考えています。歯車の技術はイスラムの世界に伝わったあと、北アフリカのムーア人によるスペイン征服を経て13世紀頃、再びヨーロッパに紹介されました。そして14世紀に始まるルネサンス時代、時計が登場しました。。時計はアンティキテラ島の機械で使われた歯車の技術をもとにしたと考えられます。アンティキテラ島の機械はもともとずっと大きなものだったはずです。古代ギリシャの技術者たちはそれを数世代かけて小型化し、最後は小さな箱におさまるほどのサイズにすることが出来たのだと考えられています。




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