今、何もしていない時の脳の働きに注目が集まっています。ぼんやりとした時の脳の働きに大きな意味があるのではないかと世界中の研究者が注目しています。
エネルギーは何に?謎の脳活動
私たちが1日に使うエネルギーは約2000キロカロリー。そのうち400キロカロリーを脳が使っています。
本を読んだり仕事をしたり、料理をしたり意識的な脳活動に使われるエネルギーはたった5%程度。20%くらいは脳の細胞の維持と修復に、残りは私たちが知らないところで何かやっているのです。
ぼんやりとした脳の働きに最初にメスを入れた一人が、ワシントン大学のマーカス・レイクル教授です。研究はふとしたきっかけで始まりました。血流の変化から脳の活動領域を調べるfMRIという装置で実験を行った時のことです。
例えば、目を動かす時に活動する脳の領域を調べるとすると、実験ではまず脳を動かすという課題をしてもらいます。次に課題をやめ何もしていない時の脳活動も測定します。そして、この両者を詳細に比較。すると、目を動かしている時に血流が増える領域がわかります。こうして脳の活動領域を推定してきたのです。
ところが、レイクル教授はこうして得られた数々の実験データを眺めていた時、あることに気づきました。
課題を行うと血流が増える領域ではなく、逆に低下する領域に注目。その結果、意識して様々な課題を行うと離れた2つの領域、後部帯状回(こうぶたいじょうかい)と前頭葉内側が活動を低下させるという現象が浮かび上がってきたのです。なぜ、この2つは意識して課題を行っている時に活動が低下するのでしょうか?
レイクル教授は、何もしていない時の脳の部位ごとのエネルギー消費量を調べてみました。すると、後部帯状回と前頭葉内側のあたりのエネルギー消費量が多いことがわかったのです。つまり、この2つは課題をすると活動が低下するのではなく、何もしていない時に活動が高まるところだったのです。
また、課題を行ったり休んだりを繰り返した時の後部帯状回と前頭葉内側の血流量を調べてみると、同じパターンで活動していることが分かりました。この現象はレイクル博士によって「デフォルトモードネットワーク」と名づけられました。
ぼんやり時の多様なネットワーク
ヘルスサイエンスセンター島根では、脳梗塞などの兆候をとらえる脳ドックに加え、5分間ただぼんやりしてもらう検査を行っています。これは、安静時の脳のネットワークを調べる検査。島根大学ではこうして得られたデータを2010年から解析してきました。
集まったのは性別も年齢も様々な1000人分。2013年、その一部をまとめたものが論文として発表されました。
fMRIは検査では脳を4000ほどの領域に区切り血流の変化を捉え分析。血流が時間と共にどう変化するのかそのパターンを比較します。そして、同じパターンで変化する領域をピックアップ。この作業をすべての組み合わせで行います。すると、デフォルトモードネットワークだけでなく、安静時に複数のネットワークがあることが分かりました。
さらに、こうしたネットワークのつながり方を50歳未満の人たちと70歳以上の高齢者に分けて解析。すると、高齢者では50歳未満の人には見られる後部帯状回と前頭葉内側を繋ぐネットワークがなくなっていることが分かりました。一方で、高齢者の方が密につながっている部分もありました。
加齢に従って遠くの領域とつながりを持つ領域が先に影響を受け、認知機能や運動機能の低下につながっていると考えられます。
謎の脳活動とアルツハイマー型認知症の関係
この安静時の脳のネットワークを調べる検査が目指しているのは、認知症の超早期診断です。
始まりは2004年、アルツハイマー型認知症の人特有のデフォルトモードネットワークのつながり方が明らかになったことです。アルツハイマー病におけるデフォルトモードネットワークのつながりはいつから弱くなるのか、島根大学では軽度認知障害の人も調べてみました。
軽度認知障害は記憶力は低下しますが、生活に支障が出るほどではありません。脳の画像解析でも健康な人との違いが捉えられないほどです。こうした軽度認知障害の人、健康な高齢者、認知症が進行した人、それぞれで比較しました。
すると、脳の萎縮が見られる前、軽度認知障害でもデフォルトモードネットワークはアルツハイマー病に近い特徴を示していました。
「サイエンスZERO(ゼロ)」
ぼんやりに潜む謎の脳活動
この記事のコメント