今から約150年前、イギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンが「進化論」を発表しました。その中でダーウィンは「生物は長い時間をかけて自然選択によって進化してきた」という説をとなえました。
しかし今、ある研究者たちは人間の影響によって自然には起こるはずのない不自然な変化が急速に起きていると考えています。
ダーウィンの進化論
地球に生命が誕生したのは35億年前だと言われています。長い年月をかけて生命は様々な形に進化してきました。どのように進化したのかは長い間なぞに包まれていました。
謎の解明に挑んだのはイギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンです。ダーウィンは自然選択、いわゆる自然淘汰と呼ばれる過程を通して生物が絶えず変化していることを明らかにしました。
生物は同じ種でも個体によって少しずつ違います。この違いによって環境に適応した個体とそうでない個体がでてきます。環境にうまく適応した個体は生き延び、そうでない個体は淘汰され死んでいきます。
自然によって選択され生き延びることの出来た個体が、遺伝子を次の世代へと繋いでいくのです。この自然による選択が進化をゆっくりと推し進めてきました。
ところが数十万年前、後に生物の進化に大きな影響を及ぼすことになる人類が現れました。人類の祖先はアフリカで誕生し、やがて世界中に広がっていきました。
人類は生物の進化の長い歴史でいえばほんの一瞬の間に草原や森を農地や都市に変え、空気や水を汚し地球を大きく変えました。その結果、進化の流れをも変えたと考える研究者もいます。
人類が作り出した不自然な世界のもとで、自然のままでは起こりえなかったはずの不自然な変化が急速に起きているというのです。
人類が選択した小麦
人類が影響を及ぼした不自然な世界が、約1万年前に始まりました。
当時、中東では人々は狩りや野生の小麦を収穫して食糧を手に入れていました。古代の野生の小麦を集めるのは一苦労でした。実った穂を取ろうとすると実がバラバラに弾けて地面に散らばってしまうからです。
しかしある時、麦の穂から実が落ちずに一塊になった小麦を偶然見つけました。人々はこのような小麦を見つけるたび実の一部をとりおき、次の季節に地面に蒔きました。
やがて栽培される小麦はみな穂が一塊のものになりました。ここから本格的な農業が始まったのです。農業は人類の繁栄の礎となり、人口も爆発的に増えました。
オオカミからイヌへ
人間による選択は農業が始まる前から行われていました。約3万年前、人間は狼の子供を飼うようになりました。小さい頃から人間と共に育ったオオカミの中には人間に懐くものが出てきました。オオカミの鋭い感覚は人間の役に立ちました。より早く危険に気づいたり獲物を追いかけたりすることが出来たからです。
オオカミの中でもよく懐き役に立つものが選ばれ交配が進みました。そうしてオオカミは野生動物から飼い犬への道を歩みだしたのです。
人間はオオカミというたった一種類の動物から、オオカミとはかけ離れたイヌを作り出しました。しかも同じイヌでもまるで違う外見をしています。
オオカミの習性や外見は、なぜこれほど劇的に変化したのでしょうか?ヒントとなるのが1950年代に行われたキツネによる実験です。
キツネがイヌに!?
実験では最も従順なキツネを兄弟ごとに選び、何世代も繰り返し交配させました。すると、たった数世代のうちにすっかり人に懐くようになったのです。
外見も変わり始めました。尖っていた顔は平たくなり耳が垂れてきました。毛もところどころ白くなりキツネらしさは失われていきました。まるでイヌのようです。
人間がかつて従順なオオカミを選択した時にも同じことが起きたのでしょう。
家畜用のウシの祖先
家畜用のウシは、約1万年前に生息していたオーロクスという野生のウシに遡ります。オーロクスは大きな体で植物を食べ群れで生息していました。しかし、17世紀半ばに絶滅してしまいました。
今、オランダの研究チームがオーロクスを蘇らせようとしています。もしオーロクスが蘇れば、ヨーロッパの生態系の保護のために活用したいと考えています。オーロクスはかつて原生林の形成に大きな役割を果たしたと考えられているからです。
ヨーロッパの原生林にはかつて森林と草地がバランスよく存在していました。オーロクスのような動物が草を食むことで草地が形成され生態系が維持されていたと言うのです。
オーロクスを蘇らせるのに必要なのが遺伝情報、つまりDNAです。オランダの研究者リチャード・クルーイマンズはヨーロッパ中からオーロクスの骨を集め遺伝情報を解明しようとしています。オーロクスの遺伝情報の一部は原始的な品種のウシに今も引き継がれています。
ロナルド・ホーデリーはオーロクスの遺伝情報を引き継ぐ様々な原始的なウシをヨーロッパ中から集めています。原始的なウシを交配させオーロクスの遺伝子を出来るだけ多く引き出そうとしています。
その助けとなるのがオーロクスに関する古い記録と研究チームが解明する遺伝子の情報です。生まれてきた子牛とオーロクスの遺伝子の情報を照らし合わせオリジナルにどれくらい近いかを判断します。
人為選択で品種改良
人間は太古から自分たちの望むように動植物を変化させてきました。ダーウィンはそれを「人為選択」と名づけました。
動植物が変化するという点では、人為選択も自然選択と同じです。ダーウィンは自然選択が新たな種を作り出すという自身の説を証明するため、人為選択をより詳しく研究することにしました。
ダーウィンが研究対象として選んだのは飼育されたハトです。ハトは人間によって様々な種類が作り出されています。
ダーウィンはハトのブリーダーを訪ね、どのようにして新しい種類が作り出されたのか調査を重ねました。ダーウィン自身ハトの品種改良に魅了されたと言います。
もし人為選択によってたった数百年の間に外見の異なるハトを生み出せるとしたら、自然界でも何億年という長い時間をかければ似たようなプロセスによって極めて多様な種が自然に生み出されるはずです。
ダーウィンは進化には膨大な時間が必要だと考えました。しかし、現在指摘されている数々の奇妙な変化は進化のスピードがダーウィンが考えていたよりもずっと速く起きていることを示しています。
カメが大型化!?
自然界において捕食行動は進化を促す大きな要因のひとつです。獲物となる生物がうまく逃げられるよう進化すれば、追う方はうまく捕まえられるように進化します。どちらにとっても生死をかけた攻防です。
アメリカ東部チェサピーク湾には、人間による漁がきっかけで変化を遂げたと考えられるキタキスイガメがいます。しかし、人間が漁をしようとしているのはカメではありません。
チェサピーク湾はカニの漁場です。カニを獲るためにエサを仕込んだ罠が仕掛けられています。キタキスイガメは餌を目当てにカニ漁の罠に入り込みますが、抜け出すことはできません。引き上げられなければ溺れて死んでしまいます。
キタキスイガメのオスは体が小さいため簡単に罠に入りますが、体の大きなメスは入れません。その結果、罠に入れない大きなメスが生き延び遺伝子を次の世代に繋げることが出来るのです。
カニ漁の罠のある地域とない地域に生息するキタキスイガメを比較した所、罠のある地域のメスはより速く大きく成長することが分かりました。罠にかからないようにするためだと考えられています。
この変化は、約75年というかなり短い間に起きました。
ダーウィンゆかりの地で
人間の手が加わらない場合でも、変化が短期間で起こることがあります。
エクアドルの沖合いにあるガラパゴス諸島はダーウィンとゆかりの深い場所です。ダーウィンはここを訪れたことで進化の謎を解き明かすヒントを得たと言われています。
ガラパゴス諸島に生息する鳥ダーウィンフィンチ類は自然選択がどのような結果をもたらすかを示す格好の例です。
鳥の群れが新しい環境に住み着くと、そこで今までとは違った様々な種類の食べ物を口にするようになります。鳥のくちばしは特定の食べ物に合わせて形が変化していきます。その結果、もともと一つの種だったのが異なる種へと分化していくのです。体の大きさが変わることもあります。
しかし、ダーウィンフィンチ類は今、人間による不自然な世界の影響を受けていると言います。かつて種の分化が進んでいたはずなのに、現在ではその傾向が見られなくなってしまった地域があるのです。
原因は人間が与える食べ物です。米やポテトチップス、果物など普通なら口にしないような物を食べているためです。そうした食糧を食べるのにくちばしの大きさは関係ありません。それで2つの種に分化しようとしていたものが再び1つに戻ったのです。
私たち人間は深く考えずに鳥に食べ物を与えています。その影響についてはまだ解明されていません。しかし、すでに何らかの変化が起きている可能性はあります。
ツバメの翼が短くなった!?
アメリカでは毎年8000万羽もの鳥が車に衝突して死んでいます。サンショクツバメは高速道路にかかる陸橋に巣を作ります。車やトラックにはねられる危険性の高い場所です。不自然な変化はここでも起きていると考えられています。
チャールズ・ブラウンは、長年サンショクツバメを研究してきました。彼によると車にはねられて死ぬサンショクツバメの数は年々減っていると言います。調べてみると車にはねられて死んだ鳥は、同じ群れの他の鳥と比べて翼が長いことが分かりました。
調べている群れでは、30年の間に翼の長さが平均して5mm~7mm短くなりました。数ミリの違いでも空気力学的には大きな違いです。羽が短くなることでより素早く垂直に飛び立つことが出来ます。迫りくる車を避けるには好都合です。
都市に適応
2030年までに世界の人口の約3分の2が都市で暮らすようになると予測されています。生物の中には都市の環境にすでに適応しているものもいます。
ハヤブサはもともと海岸近くの崖などで巣作りをします。都市ではコンクリートが崖にとって変わりました。都市は獲物も豊富です。ハトももともとはハヤブサと同じく海岸沿いに生息していましたが、今ではすっかり都市に順応しています。
環境汚染でガの色が
都市という不自然な世界は、不自然な選択を引き起こす大きな要因となりえます。
18世紀半ばに産業革命が起こると、都市は黒煙で覆われ大気汚染が深刻化しました。工業化による環境汚染は不自然な変化の原因となりました。
蛾の仲間であるオオシモフリエダシャクは、羽の色が濃いものと薄いものがあります。産業革命以前はほとんどが薄い色でした。地衣類に覆われた木に止まると薄い色のガはほとんど見分けがつきません。一方、濃い色の蛾は目立ち鳥に狙われやすくなります。
しかし、産業革命による環境汚染によって地衣類は失われ、木々は煤に汚れ黒く変色しました。薄い色の蛾はたちまち捕まり数を減らしていきました。
かわって濃い色の蛾が大幅に増えました。現在、工場の煙が厳しく制限されるようになり状況は再び変わりつつあります。濃い色のガの数が減っているのです。
毒が効かないドブネズミ
ニューヨークでは夜になると毒物に耐性を持つドブネズミ、スーパーラットが姿を現します。ドブネズミは都会で人間の残飯などを漁りながら繁殖しています。都会の環境に驚くほど適応しています。
人間はドブネズミを駆除するためワルファリンと呼ばれる薬品を60年以上にわたって使ってきました。当初は効果がありましたが、やがてワルファリンが効かない新しいタイプのドブネズミ「スーパーラット」が誕生し短期間で数を増やしていきました。
スーパーラットは、ワルファリンを口にしても死なないため駆除するのは簡単ではありません。スーパーラットが増加することでネズミが媒介する病気が世界各地の都市で蔓延するのではないかと危惧されています。
カエルVSヘビ
貿易が活発になるにつれ多くの生き物が新たな場所に移動し、外来種として繁殖しています。外来種はしばしば移動した先の生態系に影響を及ぼします。不自然な変化の要因になるものもあります。
オオヒキガエルは、害虫を駆除するために1930年代にオーストラリアに持ち込まれました。しかし、害虫ではなく他の生き物を食べ始め100匹しかいなかったオオヒキガエルは増殖し生息域を広げました。
オオヒキガエルの背中には強い毒があるため、このカエルを食べた動物の多くが死にました。この毒に耐性を持つよう進化した動物もいればアカハラブラックスネークのように全く別の変化をとげたものもいます。
アカハラブラックスネークは、オオヒキガエルが生息するようになった直後に数が激減しましたが、その中で毒の少ない小さなカエルを食べたヘビは生き延びました。頭が小さければ小さなカエルしか飲み込むことが出来ません。
頭の小さなヘビが生き残った結果、アカハラブラックスネークの頭のサイズは小さく変化していきました。変化を遂げたのはヘビだけではありません。
オオヒキガエルもまた生息域を広げる中で変化していきました。新たな生息域を開拓するのに有利な特徴が現れだしたのです。体のサイズに対して足の長さがどんどん長くなっていきました。その結果、移動するスピードがどんどん速くなり1年で60kmも生息域が広がるようになりました。
今 動物に何が!?
人間は地球環境に影響を与えています。科学者たちは次の100年で地球の温度は数度上昇すると予想しています。
地球の環境は大きく変わるでしょう。深刻な干ばつやハリケーン、穀物の不作、海面の上昇などが懸念されています。気候の変動は生物にも計り知れない影響を与えるはずです。
チャールズ・ダーウィンは、生物の進化は自然選択によってゆっくりと起こると考えていました。一方、人間の手による人為選択によって変化が速いスピードで起こることも理解していました。
しかし今、自然選択でも人為選択でもない地球環境の変化がもたらす不自然な変化が急速に起きていると言われています。
「地球ドラマチック」
不自然な進化 ~今動物に何が!?~
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