レンガを運び続けて~バングラデシュの子どもたちは今~|地球ドラマチック

NHK・Eテレの「地球ドラマチック」でレンガを運び続けて~バングラデシュの子どもたちは今~が放送されました。南アジアのバングラデシュでは多くの子供たちが毎日厳しい労働を強いられています。働いている子供のうち14歳以下は355万人を超えます。学校にも行けず一日の大半を働いて過ごします。

 

働き手は貧困家庭の子ども

バングラデシュでは朝、首都ダッカの近くを流れる川に多くの小船が行きかいます。船の積荷は土です。バングラデシュの国土は大部分が川によって運ばれた土砂が堆積して出来ていて岩はほとんどありません。そのため建物を建てる時には主に土を焼いて作ったレンガが使われます。バングラデシュでは土は貴重な天然資源なのです。船は1日に何十回も川を往復します。土の運搬先は下流にあるレンガ工場です。工場のあちこちに立つ煙突から黒い煙が1日中立ち上っています。土と水を混ぜて形を整え、日に晒して乾かした後に窯で焼くとレンガが出来ます。すべての工程が手作業で行われます。

この工場で働く少女タジン(11歳)の仕事は乾いたレンガを頭の上に乗せて窯まで運ぶことです。タジンは家族と共に3ヶ月前にダッカに引っ越してきました。週6日レンガ工場で働いているため学校には通っていません。大人なら1度に10~20個のレンガを運べますがタジンは8個が精一杯です。タジンの他にも多くの子供たちが働いています。運んだ数によって賃金が違うため体の小さな子も出来るだけ多くのレンガを頭に乗せようとします。この仕事を続けていると子供たちの顔が変わります。重いレンガを頭に乗せて運ぶと顔にシワが出来るからです。11歳のヌリスラムは他の子供たちとは違いレンガは運びません。作業責任者の息子だからです。ヌリスラムの役割は作業員が運ぶレンガの数に応じて数字が書かれたカードを配ることです。作業責任者のハミットは年に1回、作業員を集めます。

「貧しい村から出稼ぎに来る人たちを雇っているんです。契約金は前払いです。雇用期間は半年くらいです。みな故郷では暮らしていけませんが、ここでレンガ運びの仕事をすれば少なくとも飢えることはありません。」(ハミット)

契約金を前払いで貰うと作業員とその家族は工場の一角に住みます。みな地方から来た貧困に苦しむ人々です。ここには今15世帯が住んでいます。タジンの家族はタジンと両親、兄、姉、弟2人、妹の8人です。そのうち4人が働いています。末の弟は1ヶ月前に生まれたばかりです。赤ん坊が生まれたことでタジンの仕事は増えました。母親に代わって弟たちの面倒もみなくてはならないからです。ここに来るまでタジンは学校に通っていて成績も優秀でした。

「レンガを運ぶより友達と遊べたら良いのにと思います」(タジン)

 

1日12時間 1000個

工場の近くには小学校があるため、制服を着た子供たちがレンガ工場のそばを通ります。学校に通う子供たちと工場で働く子どもたちが交流することはありません。工場の子供たちが手に取るものは鉛筆ではなくレンガです。乾いたレンガを起こしていく作業は幼い子供たちが担当しています。成長して力が強くなるとレンガ運びを始めます。ヌリスラムの仕事は他の子供たちよりは楽です。しかし、屋外で一日中カードを配り続けるのも決して楽な作業ではありません。仲間もいない孤独な仕事です。

「みんな僕に当たるようにわざとレンガを落としていくんだ。暑いと頭も痛くなってくるし」(ヌリスラム)

週に6日、朝の6時から夜の6時まで12時間、タジンはレンガを運び続けます。1日の仕事が終わると貰ったカードを数えます。この日タジンが運んだレンガは全部で1000個でした。タジンの手元に入るお金は70タカ(約98円)です。タジンたちがこれほど過酷な労働を強いられている背景にはバングラデシュ全体が抱えている問題があります。

 

貧困の理由

バングラデシュの国土は多くの川が流れる平坦な土地です。雨季になると大量の雨が降るため、しばしば大規模な洪水にみまわれ農地は壊滅的な状態になります。一方、乾季になるとひどい干ばつに襲われます。特に北東部では近年降水量が大幅に減り問題になっています。また高潮などにより土の塩分濃度が上がり作物を育てることが年々難しくなっています。自然災害に加え社会構造にも大きな問題があります。少数の人々が多くの土地を所有しているのです。全人口の10%程度の人々が国の資源の約90%を支配しています。地主から土地を借りて農業に従事している人がほとんどで、収入もわずかです。地方で生計を立てられなくなった人々は首都ダッカに集まってきます。近郊まで含めるとダッカの人口は約1500万人。人口密度の高さは世界有数です。十分な教育を受けたことがなく特別な技術も持たない人々が就ける仕事は低賃金のものばかりです。多くの人がダッカに集まることで貧困は深刻さを増しています。

 

タジン 1週間の賃金588円

イスラム教では金曜日が休日です。賃金も金曜日に支払われます。レンガを運んだ数を示すプラスチックのコインやカードをヌリスラムが数えますが、しばしばトラブルが発生します。タジンは1日1000個のレンガを運び90タカになりますが、作業責任者によって20タカの手数料が差し引かれるため手取りは70タカになります。タジンの家族は4人で働いていますが、それでも1週間の収入は3000タカ(約4200円)ほどにしかなりません。自由に使えるお金はほとんどありませんが母親は学校にも通わず働くタジンにお小遣いを渡しています。休みになると作業員とその家族は工場の隣にある小さな店でテレビを見ます。

 

3ヶ月ぶりの買い物

タジンは数人の友達と連れだって市場に向かいました。3ヶ月ぶりの買い物です。タジンはアクセサリーや化粧品の店で足を止めました。11歳の女の子、オシャレにも関心があります。タジンはサンダルの鼻緒が切れてしまったため新しいサンダルを探しました。一番安そうなサンダルを選びましたが、予想したよりも高かったため買うのを諦め、食堂で大好きなお菓子を食べることにしました。ミスティーと呼ばれる牛乳と砂糖で出来た庶民的なお菓子です。

「ミスティーは世界で一番好きなお菓子なの。2ヶ月ぶりに食べられてすごく嬉しい」(タジン)

その後、タジンは自分のサンダルの代わりに生まれて間もない弟の服を買うことにしました。結局、15タカ(約21円)で弟の服を買うことができました。

 

休日も家の手伝い

工場の仕事がない日もタジンは家の仕事をしなくてはなりません。近くの水溜りで洗濯をします。体を洗うのも食器を洗うのも同じ場所です。決して衛生的とは言えない環境です。飲み水は地下水を汲み上げますが一つのポンプを100人以上で使います。不衛生な環境で暮らす子供の多くは肌に炎症があります。レンガ工場自体も様々な汚染の源になっていると考えられています。おもちゃらしいおもちゃもないため、子供はレンガを遊び道具にしています。ある程度の年齢になると女の子は働きながら家事もこなさなくてはなりません。タジンもその一人です。貧困は子供たちから夢を見ることを奪ってしまいます。

「テレビの仕事をしているみなさんは家がお金持ちだから、そういう仕事に就けたんですよね。すごく羨ましい。うちは貧乏だから自分がこの先どうなるか分からなくて不安です」(タジン)

 

危険な職場の子どもたち

バングラデシュではレンガ工場だけでなく、もっと危険な場所でも多くの子供たちが働いています。13歳のシャキールは鉄工所で2年間働いています。鉄板をパイプに仕上げる仕事で溶接以外の作業は全てこなします。1歳年上の兄シャミングも同じ鉄工所で働いています。シャミングの主な仕事はパイプを溶接し表面を研磨機で磨いて滑らかにすることです。仕事熱心な兄弟は職場の人気者です。鉄工所の中は騒音がひどく金属の粉が舞っていて子供の健康に良い環境ではありません。狭い場所に危険な機械が沢山並んでいます。兄弟より年上の少年は数年前に事故で指を切断しました。シャキールも何度か怪我をしています。薄い鉄板で指を切り、4針縫いました。傷は治りましたが指を動かす時に違和感が残っています。子供を危険な職場で働かせるのは法律違反ですが、雇い主は理由があると主張しています。

「好き好んで子供たちを雇っているわけじゃありません。彼らの親が雇ってくれと頼んでくるんですよ。みな貧しいので賃金は最低限で良い、飢えない程度に払ってくれれば良いからと言ってね」(鉄工所経営者マモット・スパジョル)

1999年、ILO(国際労働機関)は「最悪の状態の児童労働条約」を採択し、子供の労働として禁止すべき項目を定めました。バングラデシュも2001年にこの条約を批准しています。シャミングたちの仕事は条約で禁止された児童の健康・安全を害する恐れのある労働に該当します。しかし、子供たちにとっては健康や安全よりも働いて1日1日を生き抜いていくことの方が重要なのです。

 

弟を学校に通わせたい

シャキールとシャミングの家族は6人。両親と2人の弟です。シャミングたちが一生懸命働くのは小学校に入ったばかりの弟リダイ(8歳)のためです。父親は自転車タクシーの運転手で6人家族を養えるだけの収入はありません。2人は弟を学校に通わせるために働いているのです。2人にとってリダイは未来への唯一の希望です。

「勉強してお兄ちゃんたちに恩返しするね」(リダイ)

「弟には僕たちの分も勉強して学校を卒業して欲しいんです。みんなが弟を褒めてくれれば僕たちも働いてきたことを誇りに思えます」(シャミング)

シャミングとシャキールも2年前まで同じ学校に通っていました。その頃の友達は今も学校に通っています。2人は貧しさのせいで学校を辞めざるおえなかったことに引け目を感じています。それでも2人は胸をはって仕事に向かいます。

 

働く子どものための学校

マムーンはこの鉄工所で学校に通う唯一の子供です。午後1時半になると仕事を切り上げ、家に戻ります。2時~5時まで授業に出て、その後また鉄工所に戻ります。学校は恵まれない子供たちの教育プログラムというバングラデシュのNGOが設立したものです。働いている子供たちに教育を受けさせるのが目的です。授業は1日3時間。ベンガル語、英語、算数、社会を学びます。小学校と中学校で学ぶ内容を4年間で習得しなくてはなりません。705人の生徒はみな働いていますが授業は3つの時間帯に分かれているので仕事の都合に応じて通うことができます。それでも学校に通える子供は限られています。

「もっと多くの子供を学校に通わせたいんです。でも子供たちに学校で勉強したいか訊ねても怖がって逃げてしまいます。一方、親に訊ねるとこう言われます。うちの子は自転車タクシーの運転手になるんです、教育に何の意味があるんですか?とね。」(校長シャムスル・アラム)

親や社会の教育に対する認識の低さは大きな問題です。しかし、さらに大きな問題は貧困という厳しい現実です。シャミングたちの父親はいつも体調が悪く、長時間働くことができません。自転車タクシーは通りにあふれていて、同業者間の競争も厳しさを増しています。健康な男性でも、この仕事だけで6人家族を養うことはできません。父親は子供たちに読み書きができるようになって欲しいと思い、学校に通わせました。しかし、途中で断念せざるおえませんでした。シャミングとシャキールの稼ぎがなければ一家は暮らしていけないのです。

「私の1日の稼ぎは多くても150タカです。でも1日の食事は200タカ以上。毎月の家賃は2000タカです。息子たちに働いてもらうしかないんです」(父ホルサンさん)

貧しい人たちにとっては毎日の生活が闘いです。その日その日を生き延びるために子供たちは働くのです。ILOによると働いている14歳以下の子供はバングラデシュ全土で約355万人。その多くは法律に違反するもので、半数近い155万人が劣悪な環境で働いています。

 

親への支援

ILOは子供を働かせている母親のための多目的センターを設立しています。このセンターでは子供を学校に通わせるという条件付きで親を経済的に支援しています。働いている子供が1日に3時間学校に行けば、その分家の収入は減ります。センターはその差額分を支援し親に意欲と能力があれば商売を始めるための融資も行っています。こうした対策によって定時制の教育を受けられる子供が増えてきました。親の収入が増えたおかげで全日制の学校に通えるようになった子供もいます。

 

教育で貧困から脱出

22歳のルマは現在大学に通っています。ルマは父親が病気になったため、かつては花を売っていました。しかし近くにNGOが建てた学校があったことで未来が開けました。働きながら教育を受け卒業後も補助教員として学校で働けることになったのです。ルマはすでに結婚し2人の子供がいます。夫や子供と共にルマの実家で暮らしています。ルマは働きながら大学に通い、子育てもあるため忙しく経済的に恵まれているわけではありませんが、花売りをしていた頃に比べればはるかに良い生活だと感じています。ルマの夢はジャーナリストになることです。働く子供たちの現実を世界に向けて訴えたいと願っています。

「私の父や母は、満足な教育を受けられなかったためほとんど字を読めません。私は勉強できるチャンスに恵まれたので必死に勉強しました。働く子どもたちにも教育の機会を与えなくてはなりません。政府はそのためにあらゆる支援をするべきです」(ルマさん)

 

タジンが学校に!?

レンガ工場で働くタジンにも教育を受けるチャンスが訪れようとしていました。ある日、ILOの現地スタッフが子供たちを訪ねてきたのです。ILOのスタッフはタジンに学校に通う意思があるかどうかなど、様々な話を聞きました。

「学校に行けるなら行きたいです。仕事を終えた後に行っても良いし、仕事と学校を両立させることができたら嬉しいです」(タジン)

タジンは学校に行くことを強く望んでいました。しかし、一家はここに引っ越してきた時に前払いで契約金を受け取り昔の借金の返済にあててしまっていました。

「学校に行かせてやりたいとは思いますが前金を貰っている以上、工場主は許してくれないでしょう」(父ジョイ・アリさん)

「タダの学校なんで本当にあるんですか?生活するのもやっとなのに授業料なんて払えません」(母ロキアさん)

授業料の支援は受けられるかもしれませんが、工場の近くにはタジンが通える学校がないことが明らかになりました。タジンはバングラデシュで働く数百万の子供たちの1人です。働いている子供たち全員を学校に通わせるには新たに何万もの学校を作る必要があります。

 

CHILDEN AT BRICKYARD
(韓国 2012年)

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  1. 私が凄くお金が有る訳ではありませんが、教育を受けたい子供が教育を受けたって良いではないかと思い、つたない文章ながらコメントさせて頂きます

  2. 貧困から抜け出すには教育が非常に重要です。私の出すなけなしのお金が赤い羽根募金のように事務手数料に七割も取られるのは我慢できません。直接ホストマザーになる方法はありますか?私が遊ぶよりも貧困で苦しんでいる人に出すべきとは思いますが・・・。     愛知の母

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