エドガー・ドガ「カフェ・コンセール レ・ザンバサドゥールにて」
「カフェ・コンセール レ・ザンバサドゥールにて」は縦37cm、横26cmの小さな作品です。タイトルは「ザンバサドゥールというカフェで行われている夜のコンサート」という意味です。
舞台の上には4人の女性たち、淡く柔らかな色彩がちりばめられています。喝采にこたえる赤いドレスの女性歌手が主役でしょう。画面の上部には緑の枝葉が生い茂っています。
若い頃のエドガー・ドガ
若い頃のエドガー・ドガは肖像画を多く描いていました。しかし、普通の肖像画ではありません。
例えば「ベレッリ家の肖像」では、家族の状況を象徴するように視線はバラバラ。心ここにあらずといった母親に不安げにこちらを見つめる娘、途方にくれる父親。エドガー・ドガの肖像画は、人物の内面までをも描き出してしまうのです。
浮世絵との出会い
彼の画風が大きく変わりだすのは30代半ばの頃。1870年頃、エドガー・ドガは日本の浮世絵と出会い大きな衝撃を受けました。特にその大胆な構図に魅了されたのです。中でも浮世絵の視覚効果に惹かれました。
「カフェ・コンセール レ・ザンバサドゥールにて」も浮世絵に学んだ視覚効果を取り入れた独特な構図で描かれているのです。
レ・ザンバサドゥール
レ・ザンバサドゥールは、かつてシャンゼリゼ通りにあった歌や演奏を楽しめるカフェでした。テラスの舞台で行われるコンサートを目当てにエドガー・ドガもたびたび訪れていたと言います。
手前から客席、オーケストラ・ピット、舞台へと続く構図が、まるで客席から舞台を見上げているような臨場感を生み出しています。画面両端の客や楽団員は途中で切り取られ舞台を照らす照明も半分しか描かれていません。それが画面の外にも広がる会場の広さを感じさせるのです。
そして、コントラバスの長いさおを女性歌手に少し重ねることで視線を彼女へと誘っています。
モノタイプの版画
「カフェ・コンセール レ・ザンバサドゥールにて」は油彩画ではなく版画の一種、モノタイプですった後、その上からパステルで描いた作品です。
まず原版となる金属板を黒のインクで塗りつぶします。そこに筆や布を使ってインクをかき落とすように絵を描いています。それを紙に転写したものがモノタイプです。なぜエドガー・ドガはモノタイプ版画を用いたのでしょうか?
モノタイプは修正しやすく、コントラストがはっきり表現されます。そのため暗がりの観客席と照明に照らされた舞台という明暗がハッキリしている場面を表現するためにドガはモノタイプを用いたのです。
エドガー・ドガはモノタイプの下書きの上からパステルで描いていきました。パステルは色を重ねていくとかすれた間から下の層の色が所々顔を出し、独特の色彩を生み出します。
動物的な要素を取り入れる
エドガー・ドガは、人物のフォルムを追及するために解剖学や生物学にまで興味を抱いていました。とりわけ大きな刺激を受けたのはチャールズ・ダーウィンの「人と動物の表情について」です。
エドガー・ドガはダーウィンの論文を読んで、人と動物の感情表現の仕方に共通点が多いことに驚きました。そして描く人物に動物的な要素を取り入れていきました。
「黒い手袋の歌手」では、歌手というより雄叫びを上げる動物のような野生的な一瞬を表現しています。エドガー・ドガは踊り子や歌手など舞台で演じる女性たちを多く描いていますが、彼の興味はその美しさにはなかったのです。
彼が描きたかったのは下からの照明で照らされた女性歌手の生々しい姿です。それは彼女の動物的な一面でもありました。エドガー・ドガは、女性が見せる野生的な瞬間、思いがけない美を追い求めたのかもしれません。
「美の巨人たち」
エドガー・ドガの「カフェ・コンセール レ・ザンバサドゥールにて」
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