ローマ 古代都市の地下迷宮|地球ドラマチック

NHK・Eテレの「地球ドラマチック」であなたの知らないローマ~探検!古代都市の地下迷宮~が放送されました。

 

ローマは古代地中海世界における最強の帝国の中心地でした。しかし、その有名な遺跡の数々は歴史の半分しか物語っていません。なぜなら、近代になって活用され始めたと思われる地下空間が2000年前のローマですでに使われていたからです。地下空間は地上に住むローマ市民の生活を支える隠れた原動力でした。

 

コロッセオ 地下の秘密

コロッセオはローマ帝国最盛期の西暦80年に完成しました。数百年にも渡って剣闘士による戦いと殺戮が繰り広げられました。ステージの上では大がかりな見世物が繰り広げられました。それらを可能にした秘密の仕掛けが地下にあります。ステージの下には多くの檻やエレベーターシャフトがありました。ステージ上で次々と見世物を繰り広げるため地下は大忙しでした。

 

地下空間は当時の最新鋭の設備をそなえた場所でした。中央の通路には巨大な舞台装置をステージまで持ち上げるためのスロープが。エレベーターは動物と人間を死の闘技場へと送り出しました。

 

都市を支えた地下資源

古代ローマは人口100万を超える都市でした。人口密度は現在のロンドンの10倍。都市を維持し、人口を支えるには大量の建設資材が必要でした。古代ローマの人々が採石場で採掘したのは凝灰岩でした。空気にさらされると硬くなる性質がある理想的な建設資材です。しかし、さらに重要なのが凝灰岩の間にある火山灰の層ポッツォラーナです。ポッツォラーナはローマンコンクリートの材料の一つです。

 

古代ローマの人々はローマンコンクーリトで夢のような建造物を建設しました。それらの中には現代でも叶わない名建築もあります。地下の採石場から採掘された建設資材のおかげで古代ローマは今でもなお私たちを感嘆させる場所となったのです。

 

帝国繁栄の象徴パンテオン

パンテオンはローマ帝国の最盛期である西暦126年に完成しました。その後、神殿・教会・国王の墓と用途を変えながらも今もその姿をとどめています。パンテオンはなぜ2000年近くもの間、崩れることもなく建ち続けているのでしょうか。

 

最も注目すべきは天井すなわちドームです。鉄筋で補強されていないのに、なぜパンテオンのドームは崩れないのでしょうか。古代ローマの人々はドームの重さを支えるためのアーチ構造を考案しました。全ての荷重をアーチを通して縦方向に逃がし、8つの柱で支えているのです。建設資材にも工夫がこらされています。ドームは配合の異なるコンクリートの層を組み合わせてできています。強度を増すためです。

 

ドームの一番下の部分は石や凝灰岩の欠片など軽くて緻密な材料が混ぜ込まれたローマンコンクリートが使われています。そして、上に行くにつれて中に混ぜ込まれる材料がさらに軽くなっていきます。最後は軽石だけです。そしてドームのてっぺんには直径9メートルの穴があります。この穴のおかげで全ての荷重が縦方向に下へ下へと行き、柱にかかります。

 

 

巨大地下水道

大都市を存続させ繁栄させるには清潔な水が不可欠でした。古代ローマの最盛期には1日最大10億リットルもの水が供給されました。それだけの水を供給できたのは古代ローマの技術のたまものともいえる建造物「ローマ水道」のおかげです。

 

ローマ水道の一つヴィルゴ水道は紀元前に作られました。当時の水道の中で唯一現在でも使われています。古代ローマには全部で11の水道がありました。街の発展に合わせて古代ローマ帝国時代の500年のうちに作られました。人口が増加するにつれて大量の水が必要となり、豊富な水は街をさらに繁栄させました。水路はいずれも地下を流れていました。ヴィルゴ水道も99%地下を流れています。地上に出るのは街中だけです。水路で運ばれた水は飲料水だけでなく公衆浴場や噴水などにも使われました。

 

ヴィルゴ水道は今日でもトレヴィの泉に水をもたらしています。ヴィルゴ水道の水源はトレヴィの泉から北東へ20km程の丘にあります。地下にはりめぐらされた11の水道とどこかで繋がっており、約100万の人々の喉を潤しました。

 

カラカラ浴場 社会の縮図

ローマの人々の生活に欠かせなかったのが公衆浴場です。公衆浴場にも隠れた地下の世界が広がっています。カラカラ浴場には浴室だけでなくプールや図書室、パン屋、2つの体育館があり、世界的に優れた数々の芸術品が飾られていました。大量の薪は地下で働く奴隷によって炉にくべられました。地下には49もの炉がありました。当時の人口100万のうち約3分の1は奴隷でした。カラカラ浴場は古代ローマ社会の縮図とも言えます。

 

巨大排水路

900もの公衆浴場があり、100万もの人々が暮らす大都市では大量の排水がでました。それはどこに流れていたのでしょうか。フォロローマーノの下に古代ローマの巨大な排水システム「クロアカマキシマ」があります。クロアカマキシマは2500年前から現在まで使われている世界最古の下水道の一つです。床の一部は大理石でキレイに舗装されています。下水道の天井はアーチ型になっています。小さなブロックを繋ぎ合わせて作られています。下水道にもローマンコンクリートが用いられています。

 

元々クロアカマキシマは紀元前6世紀に巨大な運河として誕生しました。テベレ川周辺の丘が沼地化したために、その排水を目的に作られました。古代ローマの人々は下水と排水の2つの問題を一度に解決していたのです。

 

地下に謎の聖堂が!

ローマは2000年近くもキリスト教徒がより集まる場所でした。しかし、謎めいた宗教がキリスト教のライバルとして存在した痕跡が残っています。ミトラ教という宗教です。ミトラ教の聖堂は全て地下に作られました。ミトラ教は5世紀に消滅しました。今ではフレスコ画がミトラ教について知る唯一の手掛かりです。

 

復活という概念や起源が中東にあること、12月25日が重要な日であることなどミトラ教には同時期に広まったキリスト教と多くの共通点があります。しかし、一つ大きな違いがあります。古代ローマ宗教に関して寛容で、人々は何を崇拝するかを自由に選べました。ただし、それは最高権威がローマ皇帝であるという条件付きでした。最高権威を譲らなかったキリスト教は困難にぶつかり、結果的にローマ帝国と袂を分かつことになりました。

 

最終的に4世紀にローマ皇帝がキリスト教を国教にしたことでキリスト教が勝利をおさめました。しかし、ミトラ教が帝国の全土に渡って兵士や貧しい人々の間で非常に人気のあった時代もありました。ミトラ教の聖堂はローマだけでも35か所あり、帝国全土では400か所も見つかっています。イギリスのエディンバラにもミトラ教の聖堂があります。

 

ROME’S INVISIBLE CITY
(イギリス 2015年)



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