ヒグマの恐怖 ~遺された絶命までの記録~|アンビリバボー

フジテレビの「奇跡体験!アンビリバボー」山に潜む恐怖でヒグマの恐怖について放送されました。

 

1970年7月14日、A大学の5人のワンダーフォーゲル部員は北海道日高山脈を訪れていました。芽室岳からペテガリ岳までを尾根づたいに歩く夏の長期登山で準備は万全でした。ワンダーフォーゲルとはドイツ語で渡り鳥を意味し、山野を歩き回り自然と親しみながら心身を鍛えようという運動のことです。

 

入山11日目、5人は中間地点の山頂付近にさしかかっていました。翌日は山頂アタック。夕方、一向は九ノ沢カールと呼ばれる窪地にテントを張りました。近くにヒグマがいましたが、この時代ヒグマに関する情報は少なく最初は可愛いというくらいの印象だったと言います。ヒグマは近づいてきて登山用リュックを漁り出したため、メンバーはラジオのボリュームを上げ火をおこすなどして威嚇しました。

 

北海道に生息するヒグマは国内最大の哺乳類で大きさは2m以上、体重300kgを超えるものも少なくありません。その巨体で時速70km以上で走り鋭い牙と爪で獲物を捕えます。しかし、ヒグマの真の恐ろしさは運動能力だけではありません。

 

午後9時過ぎ、テントの外にヒグマがいました。一旦追い払えましたが朝方再びヒグマが来て、5人はテントを捨てて逃走しました。2人は救助を要請するため山をおりました。2人は途中、北海道学園大学のワンダーフォーゲル部と出会いました。彼らもヒグマの襲撃を受け下山する途中だったのです。2人は救助隊の要請を彼らに託し食糧や地図、ガソリンなどを譲り受け残る3人を助けるため今来た道を戻りました。その頃、3人は再びテントに向かっていました。そこにはヒグマの姿はなくリュックを取り返しました。しかし、この行為が彼らを恐怖のどん底に突き落とすことになりました。ヒグマは一度所有した物への執着心が非常に強くクマが触った物は取り返してはいけないのです。リュックを取り返した3人はテントを離れました。途中、鳥取大学のワンダーフォーゲル部と出会いました。彼らにヒグマがうろついていることを伝え、3人は下山した2人を待つため目印であるテントへと戻りました。5人は再会し登頂を断念し下山することにしました。しかし、夜がせまっていたため安全な場所に移動しテントを設営していると、再びヒクマが現れました。5人はヒクマがいる方向から反対方向へ脱出。助けを求めるため八ノ沢カールでキャンプをする鳥取大学のもとへと向かいました。しかし、ヒグマに襲われ興梠盛男さんと河原吉孝さんの行方が分からなくなってしまいました。身の危険を感じた3人はその晩、岩場で過ごすことにしました。翌朝3人は八ノ沢カールへ向かうのは諦め下山ルートを辿り下山を目指しました。しかし、再びヒグマに襲われました。2人は何とか麓まで逃げ切り駐在所に駆け込みました。しかし竹末一敏さんが逃げ遅れてしまいました。

 

2日後、2人の遺体が発見されました。それは河原さんと竹末さんでした。同じ日、彼らを襲ったクマは射殺されました。4歳のメスのヒグマでした。その翌日、興梠盛男さんの遺体が発見されました。遺体のかたわらからショッキングなメモが発見されました。そこには、たった一人でクマと向き合った興梠盛男さんの生々しい体験が綴られていました。

 

「7月26日17時30分 我々にクマがおいつく。河原がやられたようである。オレもやられると思って、ハイ松を横にまく。するとガケの中間点でいきをひそめていると竹末さんが声をからして鳥取ワンダーフォーゲルに助けを求めた。オレの位置からは下の様子は全然わからなかった。クマの音が聞こえただけである。今夜はここで辛抱しようと10~15分くらいじっとしていた。それからオレは鳥取大学のテントの方を見ると2~3ヶ所焚き火をしていたので、かくまってもらおうとガケをくだる。5分くらい下って、下を見ると20m先にクマがいた。オレを見つけると駆け上がってきたので一目散に逃げ少しガケの上に登る。クマが追っかけてくるので30cmくらいの石を投げる。失敗である。ますます這い上がってくるので15cmくらいの石を鼻をめがけて投げる。当たった。それからクマは10mほど後さがりする。腰を下ろしてオレをにらんでいた。オレはもう食われてしまうと思って右手で草地の尾根をつたって下まで一目散に逃げることを決め逃げる。前、横、後ろへと転びそれでも振り返らず前のテントをめがけてやっとのことでテントの中にかけこむ。しかし、誰もいなかった。しまったっと思ったがもう手遅れである。」

鳥取大学はA大学に起こった非常事態を察知し救助隊の要請をするため全員が下山していたのです。

「中にシュラフがあったのですぐ一つを取り出し中に入り込み大きな息を調整する。なぜかシュラフに入っていると安心感がでてきて落ち着いた。それからみんなのことを考えたが、こうなったからには仕方がない。昨夜も寝てなかったからこのまま寝ることにするが、風の音や草の音がいやに気になって寝られない。明日ここを出て沢を下るがこのまま救助隊を待つか考える。しかし、どっちをとっていいか分からないので鳥取ワンダーフォーゲルが無事報告して救助隊が来ることを祈って寝る。」

「7月27日4時頃目が覚める。外のことが気になるが恐ろしいので8時までテントの中にいることにする。テントの中を見渡すとキャンパンがあったので中を見るとご飯があった。これで少しほっとする。もう5時20分である。またクマが出そうな予感がするので、またシュラフにもぐりこむ。あーはやく博多に帰りたい。7時、沢を下ることにする握りメシを作ってテントの中にあったシャツや靴下を借りる。テントを出てみると5m上にやはりクマがいた。とても出られないのでこのままテントの中にいる。8時頃まで(判読不明)他のメンバーはもう下山したのか。鳥取ワンダーフォーゲルは連絡してくれたのか。いつ助けに来るのか。全て不安で恐ろしい。またガスが濃くなって不気味である。」メモはここで終わっています。

 

現在、日本にはヒグマとツキノワグマの2種類のクマがいます。ツキノワグマは本州と四国に生息し、ヒグマは北海道にのみ生息しています。ツキノワグマは人間の気配が分かっていれば、向こうから近寄ってこないケースが多いため音を出したりラジオをつけたりすることが有効です。しかしヒグマは肉食性が強いため、空腹時は人間を襲う可能性があります。リュックなどを放り出し時間を稼いで静かに逃げることが有効だそうです。

 

3人の命を奪ったヒグマの胃の中に人間を食べた形跡はありませんでした。あのヒグマが彼らを執拗に追い掛け回した理由はいまだ分かっていません。




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