ゴムボートで漂流した世界最長記録|世界まる見え!

日本テレビの「世界まる見え!テレビ特捜部」でゴムボートで漂流した世界最長記録について放送されました。

 

第2次世界大戦中の1943年5月27日、ハワイ南方の空で11人の乗組員を乗せたアメリカ軍の飛行機が突如エンジントラブルを起こし墜落しました。海の中で意識を取り戻したルイス・ザンペリーニ。幸いにも怪我一つ負わなかった彼は1936年のベルリンオリンピック陸上5000mのアメリカ代表でした。他にもパイロットのラッセル・フィリップスとフランシス・マクマナーラが助かっていました。2艘の救命ボートに3人は乗りました。ゴムボートにあったのは非常食のチョコレート数枚と水6缶、ボートの修理道具、合図用の鏡、発炎筒、魚を釣るための針と糸。ボートの周りにはサメが集まってきてしまいました。

 

漂流して2日目、チョコレートがなくなっていました。死の恐怖にとりつかれたフランシス・マクマナーラがチョコレートを1人で全部食べてしまっていたのです。漂流して3日目、救助の飛行機が。発炎筒を打ち上げましたが気づいてもらえませんでした。漂流して6日目に水が底をつきました。漂流10日目に雨が降り水を確保することが出来ました。漂流して14日目、アホウドリをルイス・ザンペリーニが捕獲。しかしアホウドリの肉は臭くてとても食べられませんでした。そこで、彼らはアホウドリの肉を餌にして魚を釣ることに。しかしサメに食べられなかなか魚は釣れませんでした。ようやく魚を釣り3人は食料を得ることが出来ました。しかし、アホウドリの肉がなくなると3人はまた飢えに耐える日々が続きました。

 

漂流して27日目、飛行機を見つけた3人は発炎筒を発射。しかし飛行機は3人を攻撃してきました。海へ逃げ込むみ助かるも片方のボートがパンクしてしまいました。3人は1艘のボートで漂流することに。漂流して32日目、フランシス・マクマナーラは亡くなりました。2人は彼の遺体を海へ葬りました。

 

漂流して40日目、島を発見。しかし嵐に遭遇してしまいました。そして47日目、2人は嵐を切り抜け島へ。そこは南太平洋のクワジェリン島。当時、日本軍が駐留していました。彼らは捕虜となり終戦後帰国を果たしました。ルイス・ザンペリーニは漂流生活で受けたダメージのため2度と陸上競技に戻ることはできませんでしたが、今も健在でこの過酷な体験を語り継いでいます。一方、ラッセル・フィリップスは故郷に残していた彼女と結婚しました。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

コメントは管理人の承認後に表示されますのでしばらくお待ち下さい。管理人からの返信はありませんのでご了承ください。