リチャード3世の遺骨を発見|世界まる見え!

日本テレビの「世界まる見え!テレビ特捜部」でリチャード3世の遺体が発見されたことについて放送されました。2012年8月イギリス・レスターの駐車場の地下から遺骨が見つかりました。遺骨はイギリスの歴史上の国王である可能性がありました。発見したのはフィリッパ・ラングレー。彼女はリチャード3世にとりつかれていました。

 

リチャード3世は15世紀のイギリスの一部イングランドを治めていた実在の王様なのですが、そのイメージは決して良いものとはいえませんでした。背中が曲がっているのが特徴で国王である兄エドワード4世の死後、王に即位したのですが、その地位を奪う可能性のある兄の息子2人を殺した残虐な男です。そして王に即位してわずか2年、独裁に苦しむ人たちのために立ち上がったヘンリー7世に戦場で殺された悪名高き男とされていました。

 

しかし、フィリッパ・ラングレーの考えるリチャード3世は全く違う人物です。当時の文献には「寛大な王が殺されてしまった」と書かれているものもあり、リチャード3世と実際に関係のあった人たちが残した言葉には「背中が曲がっていた」などという記録は残っていないからです。フィリッパ・ラングレーによると背中は曲がってなどおらず2人の甥を殺した証拠もないそう。リチャード3世の極悪人のイメージは彼を殺して王位を奪ったヘンリー7世が自分を正当化するためにでっちあげた嘘で、シェークスピアの作品もその嘘をもとに描かれてしまったに違いないといいます。

 

そこでフィリッパ・ラングレーは自分の信じるリチャード3世の人物像を証明するため、リチャード3世の遺体を見つけることを考えました。実はリチャード3世の遺体はヘンリー7世に殺された後、川に捨てられたとされその行方が全く分かっていないのです。しかし、フィリッパが様々な文献を調査するとレスターにある修道院にリチャード3世の遺体が埋葬されたという小さな記録を発見。さっそくその修道院を探してみると今では社会福祉事務所の駐車場に変わっていました。信じて疑わないフィリッパは発掘許可をもらい考古学者にも調査と発掘の協力を要請しました。しかし、専門家たちは500年前の国王がそんな所から見つかるはずはないと考えていました。ところが人の骨が発見されました。しかも頭蓋骨など全身の骨が発見されたのです。

 

骨はリチャード3世のものなのか様々な視点から検証が行われました。亡くなった年代は1450~1540年頃だと判明(リチャード3世は1485年に死去)遺体の死因は誰かに鋭い剣で切りつけられたと考えられました。この結果もリチャード3世の死因と一致。また生前の外見の検証が行われ、背骨が大きく湾曲していることが分かりました。遺骨の人物は脊椎側弯症(せきついそくわんしょう)という背骨の病気でした。リチャード3世の背骨は曲がっていなかったと信じていたフィリッパには大きな衝撃でした。

 

人物を特定する最も確実な方法がDNA検査です。そのためにはリチャード3世と血のつながった人物を探さなくてはいけません。リチャード3世には直接の子孫は現在いません。しかし、彼の姉アン・オブ・ヨークには子供がいて、その17代目の子孫が生きていることが判明。その人物はロンドンで家具職人をしているマイケル・イプセン。彼のDNAを採取し分析すると、遺骨とマイケルのDNAは一致。遺骨はリチャード3世であることが分かりました。




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