至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎|NHKスペシャル

NHK総合テレビの「NHKスペシャル」で至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎が放送されました。イタリアの天才職人アントニオ・ストラディヴァリの作品はラテン語で「ストラディヴァリウス」と呼ばれ名器の代名詞となってきました。オークションでは12億円を超える値段がついたこともあります。ストラディヴァリウスの音はほかに比べるものがないほど美しいですが、それがどうやって生み出されたのか実は誰にも分かっていません。音の秘密はどこにあるのか大勢の人々が謎の解明に挑戦し続けてきました。でも、まだ誰も彼を超えられません。

 

ストラディヴァリウス通称ストラドはクラシック界に君臨してきた史上最高のヴァイオリンです。300年も前に作られたのに奏でる音色は唯一無二。その多くは数億円以上で取引されています。ラテン語の署名Antonius Stradivariusが名器の証。一つ一つに愛称がつけられ歴代の名手によって受け継がれてきました。20世紀の神童ユーディ・メニューインが手にしたのはストラディヴァリ70歳の傑作ソイル。巨匠ダヴィッド・オイストラフは58歳の時のコンテ・デ・フォンターナを愛用しました。現代最高の名手イツァーク・パールマンはメニューインからソイルを受け継ぎました。バイオリンの女王アンネー・ゾフィー・ムターも15歳からストラドを使い続けています。世界の名手を惹きつけてやまない至高のバイオリンがストラディヴァリウスなのです。ニューヨークを拠点に活動する五明カレンさんも12年前からストラドを弾いています。ストラディヴァリ59歳の時の作品オーロラです。その音色が北の空に浮かぶオーロラのような輝きを持つことから名づけられました。弾けば弾くほどストラドの素晴らしさを感じると言います。

 

今、世界には約600挺のストラドが現存しています。次々と傑作を世に送り出した50代後半から70代はストラディヴァリの黄金期と呼ばれています。ストラディヴァリは芸術的センスにも優れていました。1679年に製作されたヘリエは象眼細工が施されています。楽器のふちが美しい象牙や宝石で彩られています。音色に加えこうした芸術性の高さが人々を惹きつけ世紀を超えて大切に守りつがれてきたのです。

 

ストラディヴァリが93歳で亡くなった後、技術が伝承されることはありませんでした。あとを継いだ息子たちが相次いで亡くなり、その技は残されたものから推測するしかない謎となってしまったのです。ストラディヴァリの人生そのものも謎に包まれています。分かっている数少ない事実の一つがサンタ・アガタ教会で結婚式を挙げたこと。結婚当時は23歳でした。そしてストラディヴァリが完成させたバイオリンは音楽の歴史を大きく変えていきました。ストラディヴァリと同時代に生きたヴィヴァルディ。お馴染みの「四季」ではヴァイオリンによって自然の様々な音を描き出しました。天才モーツァルトは楽器の女王と呼ばれるようになったバイオリンで華やかな音楽を数多く残しました。ベートーベンは交響曲「運命」で苦悩から歓喜へという心の変化を弦の音色に託しました。自然の描写から人間の感情にいたるまでバイオリンはその豊かな表現力で作曲家たちに閃きを与え音楽の無限の可能性を切り開いていったのです。

 

実はバイオリンの仕組みは300年間変わっていません。基本は木で出来た箱です。横板を裏板に取り付けて表板をかぶせます。渦巻きの飾りがついた頭部をはめこみ弦を張るための部品をつけます。弦の振動は駒を通してまず表板に伝わります。さらに魂柱(こんちゅう)と呼ばれる小さな棒で裏板にも伝わります。内部で空気が震えFの字に開いた穴から音が出ていくという仕組みです。

 

ストラディヴァリが残したバイオリンは、その卓越した音色と美しさゆえに多くの人々を虜にしました。人の手を渡る間に生まれたいくつもの数奇な物語があります。その一つがメシアの物語。ストラディヴァリ亡き後、工房に残ったバイオリンをコジオ・デ・サラブーエ伯爵が買い取りました。史上最初のストラドコレクターです。この楽器の噂を聞きつけたのがルイージ・タリシオ。タリシオはイタリア中の教会や城に眠っていたバイオリンを発掘しパリやロンドンで売りさばき、荒稼ぎしていました。サラブーエ伯爵が持つストラドを手に入れようとタリシオは何度も伯爵の屋敷を訪ねました。そして大金をつぎ込んでようやくお目当てのストラドを入手。しかし、一目見た瞬間あまりの美しさに心を奪われてしまったタリシオ。以来、そのストラドは誰の目にも触れることなく彼の部屋で眠り続けました。それから約30年タリシオは生涯をストラドの収集に捧げました。最期は屋根裏部屋で愛するバイオリンに囲まれて息を引き取ったと伝えられています。タリシオが愛したストラドはいくつかの戦火をまぬがれ現在はイギリスのアシュモリアン博物館に所蔵されています。愛称はメシア。メシアは現存する中でもっとも保存状態が良くまるで昨日完成したかのようです。ストラドの特徴だった渦巻きの黒い縁取りも赤いニスも当時もまま。ストラドは時に手にした人の人生をも変えながら人類の貴重な財産として受け継がれてきたのです。

 

ストラドの音は一体どこが特別なのでしょうか。2013年3月ニューヨークで一つの実験が行われました。題して現代バイオリンVSストラディヴァリウス。現代の製作者が作ったバイオリンとストラディヴァリウスを聞き比べようというのです。審査員には研究者やバイオリン製作者など専門家が顔をそろえました。しかし審査員の正解率は2~5割でした。実は過去の実験でも専門家ですら聞き分けるのは難しいという結果が出ています。しかし実際にストラドを弾く演奏家には違いが明らかだと言います。演奏家たちが感じているストラドの音の特徴を科学的に捉えられるか音響無響室での実験が行われました。実験では20世紀以降に作られたモダンバイオリンとストラドを弾き比べました。バイオリンを取り囲むように42個のマイクを取り付け、どの方向にどんな音が出ているか録音。監修したのは愛知淑徳大学の牧勝弘さん。録音されたデータを解析すると音の飛ぶ方向、指向性に明らかな違いが出ました。モダンバイオリンは広く音が全体に飛んでいましたが、ストラドはある特定の方位に集中して音が飛んでいたのです。ストラドの音がホールの奥まで届く理由の一つがこの指向性にあると牧さんは考えています。

 

イタリア北部のパナヴェッジョの森はストラディヴァリの時代からバイオリン用の良質な木の産地として知られてきました。標高1700m、寒いため植物が成長できる期間は年に3~4ヶ月ほどしかありません。そのため年輪の幅がとても狭くなるのです。パナヴェッジョの森の木はマツ科のスプルース。バイオリンの表板を作るのに使われます。良質な木の遺伝子を守るため植林は行わず自然に生えたものだけを育ててきました。ストラディヴァリの時代は今よりさらに材質が良かったと指摘する研究者もいます。16世紀から17世紀にかけて今よりも気温が低い時期が続き、樹木の成長は今よりさらに遅くより年輪の詰まった良い木だったのではと考えられているのです。

 

そしてストラドの音の秘密として昔から注目されているのがストラド独特の深い赤いニスです。19世紀から何人もの研究者が生涯をかけてその謎に挑みました。20世紀になると科学者たちは最新の分析法でニスの謎に迫ろうとしました。21世紀に入ってニスを巡る伝説は否定されることになりました。ヨーロッパの研究チームがパリの博物館にある5挺のストラドから微量のニスを採取。数年をかけた分析で見つかったのは一般的な松やにと油。当時普通に使われていたニスだったのです。




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