バガン遺跡とアノーヤター王の宗教改革|たけしの新・世界七不思議大百科

テレビ東京の「たけしの新・世界七不思議大百科~古代文明ミステリー~」で謎の仏教遺跡ミャンマーのバガンについて放送されました。

ミャンマーの大平原に無数の仏教建築が見渡す限り立ち並ぶバガン。バガンは11世紀~13世紀にかけてミャンマー初の王朝国家バガン王朝の都として隆盛を極めました。建築の内部は豪華絢爛な大仏やダイナミックな仏教壁画で飾られ神秘的な雰囲気が漂っています。実はバガンの存在は長きにわたり謎のベールに包まれてきました。ミャンマーは1960年代から軍事政権のもとで鎖国状態が続き、世界に門戸を閉ざしていたからです。近年ようやくミャンマーの情勢が変化。民主化が進んだことでついにバガン遺跡の封印がとかれる時が来たのです。

バガン王朝初代のアノーヤター王は11世紀にミャンマー全土を制圧し、バガン王朝を建国した英雄です。しかしアノーヤター王には大きな悩みがありました。当時、バガンには現在の仏教は伝わっておらず古い密教の一派が勢力をふるっていました。密教色の強いアリー僧たちがバガンで憲政をにぎっていました。30人のアリー僧が6万人の弟子を抱え酒を飲んで女遊びをするなど淫らな暮らしを送っていたのです。女性が結婚するさいには初夜をアリー僧に捧げなけらばならないという掟まであったと言います。アリー僧の傍若無人な振る舞いに頭を悩ましていたアノーヤター王ですが、救世主アンマダッシーが現れました。アンマダッシーはミャンマー全土を歩きながら仏教を説いてまわっていた僧侶です。アリー僧とは対照的に戒めと秩序を重んじるアンマダッシーは人々の心をとらえカリスマとなっていきました。噂を聞いたアノーヤター王はアンマダッシーと対面。跪いて悩みを打ち明けたと言います。アンマダッシーは王に仏教を熱心に説きました。仏教に目覚めたアノーヤター王は宗教改革に乗り出しました。軍隊を使ってアリー僧たちを一掃。ついに秩序を取り戻したのです。アノーヤター王は仏教を民衆に広めるため数々のパゴダや寺院を建立。その後も歴代の王や庶民は次々と仏教施設を作りつづけました。こうして沢山のパゴダや寺院が築かれ壮大な景色が生まれたのです。

栄華を極めたバガン王朝は13世紀に滅亡してしまいました。パガン王朝最後の王ナラティハパテは政治には無頓着で仏教にのめりこみました。パガン王朝は仏教寺院の活動に寛大で税金は免除されていました。しかし、その免税措置が王朝の危機を招いたと考えられています。国力が弱まっていたパガン王朝に追い討ちをかけたのがモンゴル帝国。モンゴル帝国は地球上の陸地の4分の1を支配下においた人類史上最大の帝国です。フビライ・ハンの軍隊は元寇の6年後にあたる1287年、パガン王朝に侵攻。モンゴル軍の侵略にナラティハパテ王はあっけなく逃走しパガン王朝は滅亡したのです。しかし、パガンは政治的な機能は奪われたものの美しいパゴダや寺院は破壊されることなく残されました。こうしてパガンは仏教の聖地として人々から愛され続けたのです。




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