がんの克服は、医療最大のテーマの一つです。日本だけで年間30万人以上が命を落としています。そんな中、全く新しいメカニズムの薬「免疫チェックポイント阻害剤」が登場。これまでにない効果をあげ、日本とアメリカで承認されました。免疫細胞の本来の働きを取り戻すことで、がんと闘う新しい免疫療法です。
がんの免疫療法とは、免疫細胞の働きを強めてがん細胞を攻撃させるものです。しかし、寿命がのびることが科学的に証明されて日本で薬として承認されたことは今までありませんでした。
ところが、最近はどうして免疫療法が効かないのか理由が分かり始めてきました。それを活かして開発されたのが、免疫チェックポイント阻害剤です。
免疫チェックポイント阻害剤が皮膚がんに効いた!
佐藤さんは、右足の太ももに悪性黒色腫(メラノーマ)ができてしまいました。メラノーマの治療法は、まず手術でがんを取り除くことです。しかし、佐藤さんの場合、骨と骨の間にも転移したがんがあり、全てを取り除くことができない状態でした。
地元の医師の紹介で、佐藤さんは国立がん研究センター中央病院へ。手術をした後にこの新しい薬「ニボルマブ」を使うことにしました。佐藤さんは数週間おきに通院してニボルマブの点滴を受けています。効果は治療を始めて間もなく現れました。
がんは私たちの体の中で常に作られています。T細胞はがん細胞を見つけると表面にくっついてパーフォリンを打ち込んでがん細胞を殺します。しかし、T細胞が攻撃力不足でがん細胞を攻撃しきれないと、がん細胞は増殖し手におえなくなります。しまいには、がん細胞の塊が大きくなってがんが発症すると考えられています。
これまでの免疫療法では、T細胞のアクセルを押し数を増やしたり力を強めたりして攻撃力を高めていました。しかし、多くの患者ではあまり効果が得られていません。それは、がん細胞がT細胞のブレーキのボタンを押すからです。
このブレーキのボタンはPD-1。とても大事なボタンなので、誰でも押せるわけではありません。しかし、がん細胞はPD-L1という特殊な腕を持っていて、PD-1を押すことができるのです。
しかも、従来の免疫療法ではアクセルを踏めば踏むほどブレーキも強く働くことが分かってきました。そこで新しく登場したのが免疫チェックポイント阻害剤です。ブレーキであるPD-1の働きを阻害するのがニボルマブの働きです。
PD-1は日本で発見された
京都大学医学部客員教授の本庶佑さんは、日本を代表する免疫学者の一人でPD-1の発見から新薬ニボルマブに深く関わってきました。
PD-1遺伝子は、免疫細胞のT細胞で働く遺伝子です。本庶さんがPD-1に注目したのには理由がありました。実験では、T細胞が死滅した時にだけPD-1遺伝子が非常に強く発現していたのです。この遺伝子の機能を調べるためにPD-1遺伝子が働かないようにしたマウスが作られ、PD-1が働かないと過剰な免疫反応が起きることが分かりました。つまり、PD-1に免疫のブレーキの機能があったのです。
本庶さんは、免疫のブレーキPD-1を抑えて免疫を活性化できれば、がん治療につながると考えました。しかし、本庶さんが企業に話を持ちかけたものの乗り気になる企業は全くなかったと言います。がんの専門家は、ほとんど免疫療法は眉唾ものだと考えていたからです。
免疫チェックポイント阻害剤が一躍世界中から注目を浴びたのは2012年のこと。ある論文が発表されたからでした。研究ではPD-1を抑える薬を治療の手立てがないがん患者に使いました。対象はメラノーマ、非小細胞肺がん、肝臓がん。その全てでこれまでにない効果があったと言うのです。
中でも驚きなのはメラノーマについての結果です。がんの大きさが変わらないか小さくなった患者が続出し、効果が年単位で持続していたのです。これまでの抗がん剤には見られなかったことでした。
この研究を発表したのは、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学。中心人物の一人であるドリュー・パードール教授は、まず候補が40近くあったPD-1を抑える薬を新薬のものに絞りました。しかし、ここでも研究は簡単には進まなかったと言います。がん研究者も医師たちも誰もが免疫療法に関することを信じていなかったため、患者を臨床試験に呼んでもらうことが大変だったのです。しかし、結果は画期的なものでした。
日本でも並行してメラノーマについての臨床試験が進み、2014年7月に新薬ニボルマブは承認されました。アメリカでは2015年3月にメラノーマに加え、肺がんでも薬として承認されています。
免疫チェックポイント阻害剤は、吐き気や脱毛といった抗がん剤にみられるような副作用はありません。しかし、自己免疫疾患(間質性肺炎や甲状腺の異常、腸炎など)のような副作用が出ることがあります。
免疫チェックポイント阻害剤 残された課題
まず課題なのが効く患者をどうやって見つけるのかです。
2011年に京都大学で卵巣がんに対してニボルマブの臨床試験が行われました。20人中3人には明らかな効果があらわれた一方で、10人はがんが悪化していました。効果が違う原因として考えられてきたのがPD-L1です。患者によってがん細胞のPD-L1の量が大きく違います。
そこでPD-L1の量と卵巣がんの性質の関係が調べられました。すると、がんに発現しているPD-L1が多い方が余命が短いことが分かりました。T細胞にブレーキをかける力がより強いためだと考えられます。
「サイエンスZERO(ゼロ)」
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