砂漠に森を作った男ヤクーバ・サワドゴとザイ農法|世界まる見え!

日本テレビの「世界まる見え!テレビ特捜部」で砂漠を止めた男について放送されました。世界で最も気象条件が悪い地域の一つがサハラ南部のベルト地帯サヘルと呼ばれる地域です。絶え間ない干ばつと飢饉、広がり続ける砂漠から避難する人々があとを絶ちません。そんな場所にある小さな国ブルキナファソ。ヤクーバ・サワドゴは家族の元を離れ寄宿制の学校へ通っていました。卒業を控えたある日、先生から「将来多くの人を率いるリーダーにきっとなれる」と言われました。先生の言葉を強く胸に刻んだヤクーバ・サワドゴは卒業後、機械の部品を売る店を開きました。お店は繁盛しましたが1980年頃、ヤクーバ・サワドゴの故郷ゴルマ村は干ばつで深刻な食糧難に直面し村民の4分の1が村を捨てる状態に。この村のピンチにヤクーバ・サワドゴは店をたたみ故郷へ戻ることを決意しました。そしてヤクーバ・サワドゴは一人で村の土地を耕しました。しかし伝統的な農法では現状は何一つ変わりませんでした。

 

そこでヤクーバ・サワドゴは村人や休んでいる乾期に大きな穴を沢山掘り、動物の糞など堆肥を入れる方法を試してみました。さらにシロアリを農地に放し巣を作らせることで土を柔らかくするという方法も取り入れました。ヤクーバ・サワドゴに賛同してくれる村人は誰もいなかったそうですが、さらに新しい方法にチャレンジしました。これまで雨水は硬い土の上をあっという間に流れていくだけでした。そこで石を並べ低い堤防を作り雨水をせきとめてみたのです。しかし伝統にうるさい村の長老たちに大反対され、力づくでやめさせられかねない状況だったと言います。それでも自分が信じた方法で一人荒れた土地を耕し続けました。すると、ついに耕した土地から植物たちが育ち多くの農作物を収穫することが出来ました。この農法は「ザイ農法」と呼ばれヤクーバ・サワドゴは村人のために来る日も来る日も耕し続けました。その姿はいつしか村人たちの心を打ち、徐々に賛同者が現れ規模は次第に大きくなっていきました。

 

仲間が増えたところでヤクーバ・サワドゴが目をつけたのは樹木でした。同じくザイ農法を使い砂漠に種を植えて木を生やそうと試みたのです。すると数年後、サッカーグラウンド12面分もの広大な緑地ができました。ヤクーバ・サワドゴは木が1本も生えていなかった砂漠に森を作ることに成功したのです。木が生えることで風除けになり土は乾燥しにくくなり、いろいろな植物が育つようになるのです。

 

ところが、いまだにヤクーバ・サワドゴに反感を持つ村人が森に火を放ちました。この火事で森の3分の1が焼失。しかし、彼には先生に言われた言葉がありました。ヤクーバ・サワドゴは近隣の村々を訪れザイ農法の素晴らしさとそのやり方を説明してまわりました。そして1990年、大きな転機を迎えました。激しい干ばつに見舞われ、作物を収穫できたのはザイ農法を取り入れた土地だけでした。これで村人たちの見る目が変わり否定する者はいなくなりました。そして20年あまりの歳月をかけヤクーバ・サワドゴが砂漠の中に作った緑地はサッカーグラウンド30面分にまで広がっていました。誰もやったことのない偉業を一人の男が成し遂げたのです。

 

しかしゴルマ村近くの街を拡張する計画が持ち上がり、ヤクーバ・サワドゴが必死に開拓してきた農地や森が潰されることになってしまいました。そんな時、ヤクーバ・サワドゴが砂漠に森を作ったというニュースが世界へ。ヤクーバ・サワドゴはアメリカの様々な場所で体験談を語り、土地拡張計画が変更され農地や森は潰されないことになりました。




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