シューベルトの「未完成交響曲」|ららら♪クラシック

NHK・Eテレの「ららら♪クラシック」で音楽史上最大のミステリー ~シューベルトの「未完成交響曲」~が放送されました。交響曲といえば普通は4楽章ですが、シューベルトの未完成交響曲は2楽章しかありません。未完成か完成か、音楽史上最大の謎です。

 

未完成交響曲のミステリー

・2楽章だけの交響曲
・シューベルトの死後32年目に発見された
・楽譜が見つかったのはある作曲家の自宅

 

未完成交響曲 発見のミステリー

1823年、シューベルトが26歳の時、ウィーン郊外の町グラーツにある音楽家協会から名誉会員の称号をおくられたシューベルトはその返礼として新作交響曲を贈りました。それが「未完成交響曲」、たった2楽章の交響曲だったのです。当時の常識では作曲途中と思われる謎の楽譜。受け取ったのは音楽家協会のアンゼルム・ヒュッテンブレンナー。シューベルトと共にウィーンでの活躍を目指す作曲家でした。しかし、シューベルトほどの才能に恵まれず故郷グラーツに戻っていたアンゼルム。送られてきた楽譜を見て未完成と思ったのか、何か意図があったのか発表せずに自宅の書棚にしまいこんでしまいました。5年後、シューベルトは死去。そして楽譜はその後32年間、この場所に埋もれたままとなりました。

ところが、この曲の存在を知るもう一人の人物がいました。アンゼルムの弟ヨーゼフです。当時、彼はシューベルトの秘書として働き楽譜の管理などをしていました。シューベルトが新作交響曲に取り組む様子を身近で見ていたのです。そんな彼が1860年、兄アンゼルムの自宅の書斎で楽譜を発見しました。楽譜を見て、その価値を確信したヨーゼフは、この曲の初演をくわだてました。そして5年の月日が流れヨーゼフの画策の末、1865年ついにウィーンで初演されました。シューベルトの死後37年目のことでした。「未完成の交響曲」という名で発表されたこの曲はたちまち人々を魅了。せつなく美しく深い陰影にとんだ音楽はシューベルトの新たな魅力を聴衆に知らしめ、シューベルトの代表作と呼ばれるようになりました。しかし「未完成交響曲」は不可解な謎が初演当時からささやかれていました。

①なぜシューベルトは2楽章しかない交響曲を送ったのか?
②なぜアンゼルムは32年間も発表しなかったのか?
③なぜヨーゼフが発見してから初演まで5年もかかったのか?

 

未完成交響曲の3つの謎

②なぜアンゼルムは32年間も発表しなかったのか?
アンゼルムが自作として発表することを企んだ?(嫉妬説)
シューベルトの名誉を守るため(いい人説)
忘れていた(天然ボケ説)

③なぜヨーゼフが発見してから初演まで5年もかかったのか?
兄アンゼルムと指揮者の説得に時間を要した

 

永遠のミステリー

この曲をめぐる最大の謎は、この曲は未完成なのか完成なのかです。この曲が未完成と言われる最大の理由はシューベルトが続きの第3楽章をかき始めていたからでした。しかし、そこで筆をおき、第2楽章までをグラーツに送ったシューベルト。不可解な行動の裏で一体彼はどんな思いでこの曲を作っていたのでしょうか?

教師として働きながら作曲していたシューベルトは、いくつかの歌曲で人気を得るものの作曲家としては評価されずにいました。そこでシューベルトは教師を辞めて作曲活動に専念。そんな彼の大きな課題となったのは交響曲を作ることでした。より完成度の高い交響曲を書こうとした時、シューベルトは今まで経験したことのない大きな壁にぶつかりました。シューベルトはこの「未完成交響曲」の前に3曲もの未完成の交響曲を書いていました。未完成に終わった交響曲は誰にも知られぬよう封印したシューベルト。しかし「未完成交響曲」だけは発表の場を持つグラーツに送られたのです。この短くも完璧なバランスで作られた交響曲を、シューベルトは完成と考えたのか?それとも、あくまでも未完成なのか?真相はシューベルト以外誰にも分らない永遠の謎です。




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