コトバノパラレルワールド|ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅲ

NHK・Eテレの「ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅲ」90’s リミックス 第2回「コトバノパラレルワールド」が放送されました。

時代を言葉で表現するといえば広告のコピー。80年代は高度消費社会の豊かさを象徴するコピーがあふれていました。1989年に起こったベルリンの壁の崩壊。1991年にはソビエト連邦が崩壊。90年代の入り口をまたぐように社会主義の物語が崩れ去りました。イデオロギーも解体し、社会体制を支えていた思想の言葉も力を失い時代の空気も変わりました。日本ではバブルが崩壊し、欲しいものを手に入れようと頑張り過ぎていた人たちに優しいコピーが投げかけられました。

「疲れた自分を、ほめてあげたい。」(1993年)
「人間に、会いすぎていませんか。」(1993年)

さらに未曽有の大災害、大事件が続けざまに起き人々が不安にかりたてられる中、安心や癒しのメッセージをのせた言葉が届けられるようになりました。

「世の中でなくしたものは、本の中で見つかります。」(1998年)
「ニッポンをほめよう。」(1999年)

街ではコギャル、ガングロ、アムラー、ヤマンバと呼ばれる女子高生たちが席巻。新しい言葉が生まれていました。90年代、私たちの言語感覚はどこか変わったのかもしれません。従来の価値観に疑いを向ける時代の幕開けを予感させるような漫画が1989年に登場。吉田戦車の四コマ漫画「伝染るんです。」です。個性的なキャラクターが暴走し、周りを困惑・恐怖・脱力させ、起承転結にとらわれないスタイルは「不条理ギャグマンガ」と呼ばれました。

時を同じくして他の雑誌でも不条理ギャグマンガは定番化。様々な作風による不条理の世界が炸裂し、一つのトレンドを作りました。ブームを支えたのは、分かる人には分かるという感覚。分かりやすいオチのないギャグに「オレは分かる」と一人ニヤリとしたのでした。

笑いの感覚の変化はテレビ界へも波及。「ウゴウゴ・ルーガ」は子ども向けバラエティ番組でしたが、そこで交わされるトークは大人の事情が満載で何だかシュールでした。当然、お笑いの世界にも新しい波が来ました。今までとどこか笑いのツボが違う芸人たちが台頭。独特のセンスが支持されたラーメンズ。そして当時シュールの貴公子と呼ばれていたのが、ふかわりょう。彼らの言葉の感覚は、どこか今のお笑いへと繋がっているのかもしれません。

 

90年代、私たちの生活は大きく変わりました。言葉をつづるのにペンからワープロへ、ワープロからパソコンへうつりました。キーを叩けば自在に言葉がでます。思いつくまま入力し、そのご挿入、削除、コピー、編集となんでもござれ。意図しない全く新しい文字があらわれる誤変換でさえ新鮮な体験でした。

1995年、日本のインターネット時代が幕を開け、ネットユーザーが爆発的に増えていきました。そこで盛り上がっていたのがウェブ日記、現在のブログです。日記でありながら知らない他者とのコミュニケーションもはかれる言語表現の場。この頃、日記のチェックにのめりこむ人を指す「日記廃人」という言葉も生まれました。そして、次第にインターネット内だけで行き来する言葉は閉じた言葉の表現になっていきました。その最たるものがオタク文化。彼ら世界の言葉で最も有名なのが「萌え~」です。2005年に流行語大賞を取りましたが、実は90年代からすでに使われていた言葉でした。その他にも「DQN」、ネットの中で非常識な人を指す言葉で、当時はやっていたドキュメンタリー番組のタイトルからとられたとされています。さらに掲示板サイト2ちゃんねるの開設をきっかけにネット独自の用語も広まり始めました。画面上の閉じた世界では、どんな言葉が生まれ育つのか予測不可能。仲間内で呼応する中で新しい言葉が次々と生まれていきました。

 

「堕落論」で知られる戦後を代表する無頼派作家・坂口安吾。彼は「文字と速力と文学」で以下のように書いています。

「私の想念は電光の如く流れ走っているのに私の書く文字はたどたどしく遅い。私が一字ずつ文字に突当っているうちに、想念は停滞し、戸惑いし、とみに生気を失って、ある時は消え失せたりする。また、文字のために限定されて、その逞しい流動力を喪失したり、全然別な方向へ動いたりする。こうして、私は想念の中で多彩な言葉や文章をもっていたにも拘わらず、紙上ではその十分の一の幅しかない言葉や文章や、もどかしいほど意味のかけ離れた文章を持つことになる」

 

パソコンというテクノロジーは様々な発想の断片を書き留めておくことを可能にしました。90年代、キーボードを叩くことで生まれた文学にはどんな変化があったのでしょうか。1997年7月、全国の書店でゲームの攻略本などがベストセラーとなっていた中、渋谷では全く別のランキングが生まれていました。ランキング1位に輝いていたのは阿部和重の「インディヴィジュアル・プロジェクション」です。主人公は渋谷の映画館で働く映写技師。東北の田舎町のスパイ養成塾で訓練を受け東京に出てきました。しかし、そこには誘拐事件に核爆弾の取引と想像を超える出来事がまちかまえていました。目をひくのが本の装丁。まるでCDジャケットのようです。「インディヴィジュアル・プロジェクション」のヒットに続き、CDジャケットのようなスタイリッシュな装丁の本が次々に書店の店頭を飾るようになりました。90年代後半、町田康や中原昌也など阿部和重と同時代の作家たちをカテゴライズしたブームメントが起こりました。名付けて「J文学」です。

 

演劇界もまた90年代大きな変化の時をむかえていました。宮沢章夫が新たな演劇ユニットを旗揚げしたのも90年代。1993年には今は存在しない小さな町を追想する戯曲「ヒネミ」で岸田國士戯曲賞を受賞。そんな宮沢に大きな刺激を与えた一人が劇作家・平田オリザです。平田は90年代、それまでの飛びはねたり声をはりあげる舞台を一度棚上げし、その再構築を試みました。あえて普段の会話のトーンを大事にする静かな演劇です。それは現代口語演劇と名付けられ、観客は日常を見せられているような感覚を覚えます。

 

肉体から発せられた言葉の重みへの信頼が薄れ、様々な感情から言葉が切り離されようとした90年代。言葉のリアリティというもの自体が変化し始めたのかもしれません。90年代、日本の言葉はささくれ立った激動の時代を経て現実とは異なる一つのパラレルワールドを形成し始めました。漫画、お笑い、文学、演劇そしてインターネット。それは新たな言語感覚に目覚める希望の始まりでもあり、同時に言葉というものの存在の耐えられない軽さと向き合う時代の始まりでもあったのかもしれません。




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