藤岡琢也の知られざる晩年|爆報!THEフライデー

TBSテレビの「爆報!THEフライデー(ばくほうザフライデー)」で藤岡琢也さんの知られざる晩年について放送されました。俳優・藤岡琢也(ふじおかたくや)さんは「渡る世間は鬼ばかり」で父親役を長年演じてきましたが、2006年に肺炎のためドラマを降板。そして降板から8ヵ月後2006年10月20日に慢性腎不全のため亡くなりました。しかし、藤岡琢也さんが番組を降板して以降、闘病中の彼に会うことが出来た関係者は誰一人いません。藤岡琢也さんは友人・スタッフ・共演者など全ての人のお見舞いを断っていたと言います。一体なぜ藤岡琢也さんは頑なに面会を拒絶していたのでしょうか?

 

藤岡琢也さんを長年支えてきたのが妻の千鶴さん。藤岡琢也さんの妹の友達だったことがきっかけで知り合い1960年に結婚。頑固者だった藤岡琢也さんを千鶴さんは一歩下がった所から支えていました。実生活では子供には恵まれなかったものの、千鶴さんに「お前がいればいい」と言っていたそうです。ところが2人の幸せな時間は突然崩壊しました。2006年2月に藤岡琢也さんが肺炎を患ってしまったのです。

 

闘病中の藤岡琢也さんの様子を唯一知っているのがJAZZピアニストの岸ミツアキさん。大ファンだった藤岡琢也さんが岸ミツアキさんにファンレターを出し2人の親交は始まったと言います。以来、家族同然の付き合いをしていました。岸さんによると、千鶴さんは大腸がんにおかされていたのだと言います。藤岡琢也さんの入院とほぼ同時に判明した千鶴さんの大腸がん。しかもその症状は末期で、激しい腹痛や貧血に見舞われていました。しかし千鶴さんは治療を拒否しました。抗がん剤治療の副作用で夫の看病ができなくなってしまうと思ったからです。千鶴さんは自分の命を長らえることより夫婦で過ごせる最期の時間を選んだのです。この妻のがんこそ藤岡琢也さんが面会謝絶にした大きな理由でした。がんに侵された千鶴さんの体力では藤岡琢也さんの世話をするだけで精一杯で、見舞い客が来てくれても失礼にあたってしまうため面会謝絶を選んだのです。そして2006年10月20日に藤岡琢也さんは亡くなり、2007年6月に妻の千鶴さんも亡くなりました。